めでたしめでたし

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めでたしめでたし

 ハイシロたちが白い竜に乗って朱の国へ旅だった後、テンは最奥の間でフレアが来るのを待っていた。  もうすっかり若葉が茂っている夢見草の葉陰のあちこちに、蘇芳色の花柄(かへい)が束になって見え隠れしている。今年は、タイミングが悪かった所為で花見の宴ができずに残念だった。夢見草に宿る魂コハクは、水を向けられることが無ければ普段は黙している。これから起きることも、目撃者たり得ても訊かざれば決して口外することは無いだろう。  廊下の向こうから、パタパタと走ってくる音がした。フレアだ。 「お待たせ!」  金茶のウェービーヘアを乱して最奥の間に入ってきたフレアの右手には、侍女から借りてきたと思しき裁ちばさみが握られていた。テンは片手を上げてフレアに応える。 「こういうのって、ちゃんと目に見えるとこでやるって事に意味があると思うのね」  ちゃんと見ててね、と言うと、フレアは、手首とブレスレットの間に鋏の刃をねじ込んだ。パチンと音を立ててブレスレットを切り離し、大きく溜息を付いて顔を上げる。床に落ちたブレスレットを確認しても、テンはまだ不安げにフレアの目を覗き込む。 「ホントに、大丈夫……だよね」 「大丈夫、だと思う」  互いに手を差し出し、恐る恐る掌を合わせる。    何も、起こらない。  お互いの温もりが伝わって、ホッと顔を見合わせる。 「ああ、よかったぁ……」  フレアが安堵の溜息を漏らし、テンの指に自分の指を絡める。  本当に、久しぶりの感触だった。 「今度はちゃんと、手加減ができるよ」  テンの言葉に微笑みを返すと、フレアはテンの身体に身を寄せた。 「痛いのも、嫌いじゃなかったよ?」 「オレは……痛いのは嫌いだな」    指をほどくと、お互いにぎゅっと抱きしめ合った。体温を確認するようにしばらくじっとしていたが、どちらともなく上半身を離して互いの顔を覗き込んだ。  フレアが目を閉じる。  石の卵を、分け合った者同士。  命の恩人だし、やっぱ、そういう目で見ちゃうよなぁ。  テンは、僅かに笑みを浮かべると、そっと唇を重ねた。                            < 終わり >  
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