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失踪
春の訪れを感じられるようになってきたある日のこと、カラスが居なくなった。
キナリから第一報を受け、ハイシロは心臓が止まるかと思った。
シロガネも見に行ったが、結果は同じだった。地下牢のどこにもカラスの気配はない。シロガネはネズミに変化して部屋の隅から隅まで探りまわり、やっと、腐食した換気口の網に桔梗の作り花が指してあるのを見つけた。僅かな痕跡から、茎には蝶のさなぎが付いていたと思われた。
「カラスって、空の器しか移れないんじゃ……」
シロガネから桔梗の作り花を見せられて、ハイシロは険しい顔をした。
「長い時を生きているのだ。ヤツも新たな力を得ていたとておかしくはない」
シロガネも渋い顔をした。
ここしばらく穏やかにしていたから、すっかり油断してしまった。カラスを逃がしたとあって、すっかり意気消沈してしまったキナリのフォローは大変だった。でも、これはさすがに不可抗力だ。
何故カラスは逃げたのか。ヤツのことだ、ただ自由が欲しかっただけとは思えない。何か企みがあるに違いないが、何をしようとしているのかが解らない。
「コハクのところへは……?」
シロガネが心配して聞くと、ハイシロは頷いた。
「自分の体についた虫を消すくらいには、自己メンテナンスが出来るようになってる。もし、蝶になったカラスが寄って行ったとしても、コハクが気付いた時点で体ごと消されると思う。それに、今は花が咲いてる。年のうちで一番浄化能力が高い季節よ。カラスだって、用心してうかうかと近寄らないでしょうね」
「ツキシロは……大分、距離は離れているが……?」
「……わからない」
南に行く移動手段。水経由は、主様の子どもに阻まれる可能性があるとしても、空路は阻む手段がない。たかが蝶とて、海を渡る種もある。商用の積み荷にでも紛れたら解らない。それに、空の器を梯子する可能性は大いにありうるのだから、万が一を考えると手段は無限大になる。時間をかけてでも移動するかもしれない。
……自分を消せる唯一の人物、ツキシロに害をなすために。
ヤツには、時間はたっぷりあるのだ。焦る必要は微塵もない。
「警告は……必要だと思う」
ハイシロは考え考え言った。
でも、どうやって? 何から身を守るというのか。
どこにカラスが潜んでいるのか解らないのだ。
ザクロには、カラスの臭いは解るのだろうか。
どうしよう。
どうやってツキシロを守ればいい……。
ハイシロは頭を抱えた。
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