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火の山
春になって、テンは一旦カプリの元に帰っていった。
谷には黄の国に避難していた者たちが戻ってきた。ザクロが提案した石材の件は、もうしばらく火の山周辺が落ち着いてきてからということで話がまとまった。いずれにせよ人手が必要になるので、まずは谷の生活基盤から何とかしようということになったのだ。
ツキシロとザクロは木霊の領域に住処を構えたまま、火の山の竜たちの世話に専念していた。シュアンが教えた温泉の湧水口付近には、連れ帰ったチビ竜2匹だけでなく、蓋をされる前から永らえていたと思しき大人の竜が3匹いた。木精の翁たちが言っていたように牡鹿くらいの体高の黒い竜だ。シュアンはこの竜たちにチビ竜を託していたのだ。ザクロがこの竜たちと懇意になったおかげで、石の卵の処し方に目途が立った。
「竜たちが歌って卵を孵すとは知らなかったなぁ」
ツキシロは小型犬くらいの大きさに育ったタツマキを抱えて、伸びた爪を削ってやっていた。
テンが朱の国を離れる時は、ここを託児所代わりに使うことになっていた。
「ほい。終わったよ」
下ろされたタツマキは大きく欠伸をすると、翼を広げて大人の竜たちのそばに飛んでいった。だいぶ大きくなった翼で、短い距離なら飛べるようになったのだ。
大人の竜たちは、自分らが面倒を見られる数の子どもを少しずつ孵していくと言った。今はまず2匹+タツマキ。2匹が飛べるようになるまで大きくなったら、次の子たちを孵す計画だ。
竜たちにとって、飛べることは自分の食事を自力で確保できることと同義だ。それまでは、大人の竜が口移しで炎を食べさせる。
タツマキが大人の竜たちと戯れているのを微笑ましく眺めていると、湧水口にこびりついた硫黄を叩き落としていたザクロが作業を終えて戻ってきた。
ねぎらいの言葉をかけようと口を開きかけたツキシロの脳裏に、ハイシロの声がはじけた。
(カラスが消えた!)
ツキシロは動きを止めた。
マジかよ……。
「どした?」
傍に立ったザクロが怪訝な顔をした。
ツキシロは息をのんでザクロを見上げた。
「ハイシロの声がした。『カラスが消えた』って……」
「なんだ? 双子通信か?」
「まぁ……そんなもん。つか、すんなり受け入れるんだ。強い思いは共有できる」
「『消えた』って、つまり……」
「『消滅した』んじゃなくて、……これが正しい表現なのかどうかは置いとくとして『姿が見えなくなった』ってことだと思う」
「要は『逃げた』ってことか」
ザクロの言葉に、ツキシロは神妙な顔をして一点を見つめた。
つまりは、そういうことだ。
自由を得て、カラスはどこへ行こうとしているのか。
「ザクロがカラスだったら、どこに行く?」
「そう……だな」
ザクロは真顔のまま振り返ってシュアンが眠る湖を、湖面に写る火の山を見た。
「嫌な話だが……、今、火の山は『空の器』だ」
ツキシロは、眉間にギュッと皺を寄せると怯えた目をザクロに向けた。
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