1.魅惑のもふもふタイム

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1.魅惑のもふもふタイム

 ふんわ~りと、優しく包まれる瞬間。  それが、とても気持ちいいよと、大切な人が言ってくれた。  だから狐乃音は、日々のお手入れを欠かさない。特に、自分の体の一部を。 「ちゃんと乾かします」  お風呂上がり。濡れてぺっちょりとしてしまった狐尻尾を、狐乃音はドライヤーで念入りに乾かしていた。  これから始まる、お兄さんとのもふもふタイムに備えて。  暖かく熱せられた空気が、狐色の尻尾に染み込んだ水分を飛ばしていく。  今はしぼんでしまった風船のようだけれど、乾いたら、とってもボリュームたっぷりな狐尻尾になるのだ。  勿論ドライヤーの後にはちゃんとブラッシングをして、毛並みも整える。  狐乃音は、見た目は五、六歳くらいの小さな女の子だけれども、これでも立派な神様……稲荷神なのだった。  そして。いつも何か、人の役に立ちたいと思っている優しい子だった。  例えば。前に、海難事故に遭ってしまった漁師の人達を、狐乃音が持つ神様パワーによって、何人も助けたことがあった。  その結果。本来は豊穣を司る稲荷神なのに、何故か海の安全を守ってくれる神様として、海辺の町に奉られたことがあったりする。  とまあ、そんな子なのだった。 「お兄さん。待っていてくださいね」  狐乃音にとってお兄さんは、大切な人。  かつて居場所を失い、一人行く宛もなく町を彷徨っていた自分を助けてくれた、命の恩人。  彼との関係は、果たして何だろうか? (私にとってお兄さんは……)  お兄さんは、お兄さんだけど……兄弟とは違う。保護者? お父さん? 後見人? 親しい知り合い? 飼い主さん? あるいは……。恋人さん? それとも、奥さん? ……どれも違うようでいて、でも、それぞれどことなく合っているような気もする。  確かなことは、一つ。 「私にとってお兄さんは。……誰よりも大好きな方、です」  狐乃音にとっては神様みたいな、そんな存在だった。  そう思う度に、そういえば自分はこんなちんちくりんでも、神なのでしたと気付き、おかしくなって笑うのだった。  お兄さんは、寝る前に狐乃音のボリューミーな狐尻尾に埋もれるのが好きだった。 「あ~。ふわふわのふかふか。可愛い……」 「ふふ。ありがとうございます」  狐乃音はくるりんと尻尾を巻いて、お兄さんの体を完全に包み込んでみた。 「なんだか、ロールケーキになったみたいだね」 「えへへ。尻尾ロールです~」  この瞬間は、狐乃音にとっても、大切な人と一緒になれる至福の時だった。 「気の済むまで、楽しんでくださいね」  狐乃音は尻尾でお兄さんを包み込むのと同時に、小さな子供がお父さんやお母さんに甘えるかのように、ぎゅ~っと抱きつくのだった。
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