TAKE1〜桜木side

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 さて、どうするか…  近くにあった紙コップを取り上げたら中はカラだった。 「ハァー」  さっきから何度目かのため息。飲み干したコップにコップを重ね、紙コップタワーが陣取る机で資料を小さく広げて頭を抱える。  事故調査は当事者や関係者から証言を取る。主に当事者に近い女性から一晩かけて取れる証言をいただいて終わることが多い。そう難しいことはなく、相手の行動パターンさえ把握できたら容易に行える。そしてリサーチ後は深入りしないことが鉄則。  こう決めたのには理由がある。  昔、調査とは関係ないDV野郎と対峙することになってリサーチそっちのけで盛大にブチ切れたことがあった。夜中に警察を出動させる事態になって、最後は依子がその場を取り成してくれてどうにか収まったけど、当然、こっ酷く叱られた。  だから一夜限り、深入りしないは絶対厳守。しかし今回の相手を一夜限りに持ち込めるかどうかも怪しい。  自転車事故、店の看板破損。  立て続けに起きた二件を個人賠償責任保険での対応依頼。  ここまでならお気の毒で済む。取り立てて大きな損害額でもない。二事故まとめた総額は52万5千円。50万程度の話なら本家の損害調査人の出番でもない。  被害者は赤井(あかい)拓馬(たくま)黄瀬(きせ)(ひかる)。  不審な点は、あ、あ?職場が同じ!  でもまぁそれぐらいは許容範囲じゃねぇ?生活圏が被ってるし、ウロウロしてたらそういうこともあるだろう。これだけで共犯とか、それも加害者もグルで保険金詐欺とか言われてもな。いったい何に引っかかってるんだか…  資料を一枚めくると加害者 直井(なおい)蒼太(そうた)の略歴が出てきた。「知ってるよ」と苦笑する。嫌と言うほど知ってる。こんな略歴なんかよりも当然もっと詳細を語れるほどに。 「ご丁寧にありがたいね」  きちんと揃えてあてがわれた資料は薄い。ペラペラの3枚程度の紙の中でナオと向き合う。他人になって10年も経っちゃって…  時間の壁は大きい。 「わかってるけどね。一応拝見しますか」    不用品とともに押し込まれた(仮)副理事室で一人ごちる。埃っぽいこの部屋には似合わない皮張りの肘掛け椅子に座り直す。悲しいぐらいのお飾り感だなと苦笑する。     
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