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第十四話
いつもより高い位置から見える景色は爽快だった。
信号待ちをしていれば、下校途中の女子中学生と目が合った。彼女はこのキッチンカーを「可愛い!」と思ってくれたに違いない。そんな目だった気がする。
「ふふふ、」
菊はあからさまにテンションが上がっていた。
ウキウキしていたし、ワクワクしていた。
握ったハンドルも思ったより軽く、しかしカーブを曲がるときに少々車体が高い分違和感があったが、その全てが新鮮で楽しかった。
(もう少し、遠回りすればよかったな。)
菊には、松原に試乗を勧められた瞬間から、目的地が決まっていた。
この角を曲がれば、そこへとたどり着く。
そう思うだけで、一抹の不安がワクワクを少しだけ濁らせる。
菊は嘆息しつつも右のウインカーを点滅させた。
※ ※ ※
赤い外観の四角い『コインランドリーLittleMermaid』。ここはかつて、小さな弁当屋『ころりん』が立っていた。
菊はそのコインランドリーの駐車場の一番奥、利用者の邪魔にならない位置にキッチンカーを停めた。
一度運転席から降りて、少し離れてキッチンカーを改めて眺める。
「………」
想像した通り、この場所にこのキッチンカーが似合うはずもない。
「ふふ、」
嘲笑が漏れる。
突き詰めた実用性を前に、菊の夢は今はまだあくまでも『夢』でしかなく、現実味が感じられない。
(それでも、)
だからこそ、菊は今一度自分の『今』を知り、自分を鼓舞したかったのだ。
しかし、
「これは、どういうことですか、」
不意に、背後から聞こえた低い声に、菊は身体をギクリと震わせ、恐る恐る振り返った。
「……なんでここに、」
驚き、菊は絶句する。
そこにあったのは、菊の頭越しに呆然とキッチンカーを見遣る島津の姿。
その顔は、今まで一度も見せたことのない、まるで怯えたような表情だった。
「あなたは、…これで一体、何をするつもりなんですか?」
わずかに震えた低い声。
菊には、島津の質問の意図が見えなかった。
菊は眉根を寄せて、
「どういうことですか?」
困惑の色を濃くした。
すると、島津はハッと我に返ったようで、慌てて菊に視線を投げた。その時には既にいつもの穏やかそうな笑みを顔に張り付かせていた。
その仮面のような笑みをたたえたまま、
「あなたは、もう『ころりん』を、諦めたんですか?」
島津はなぜか僅かばかり失望を滲ませながら言った。
意味がわからず、菊は、
「は?復活させるつもりですけど?」
明らかに怒りを滲ませ島津を見上げた。
「え?」
今度は島津が困惑し、
「しかし、あの移動販売車は、」
キッチンカーを指差す。
「あのキッチンカーで『ころりん』のお弁当を売ろうと思っているんです。」
「………」
その菊の言葉を聞いた瞬間、島津は泣きそうな顔でみるみる破顔していった。
そして、天を仰ぎ、額に手をのせ、急に大きな声で笑い出した。
何事かと菊は訝しく眉をひそめるしかなく、
「あはははははは、」
そんな菊をよそに、島津は、目を手で覆い、しばらく声を上げて笑い続けた。
「…何なんですか。バカにしてるんですか?」
菊は憮然とした声で島津を睨み付けた。
すると島津は笑いすぎて溢れた涙を手の甲で拭いながら、「すいません」と笑みを崩さず言った。
その態度に、菊の機嫌はますます悪化していく。
「なんなのッ」
苛立ちを腹に据えかね、ぷいとそっぽを向くと、菊はドスドスと足音を響かせキッチンカーに近寄り、運転席のドアに手をかけた。
「すみません!ちょっと待ってもらえませんか!」
しかし、なぜか慌てたように追いかけてきた島津に腕を掴まれた。
菊はその手を勢いよく振り払い、
「何なんですか!どんだけバカにすれば気がすむの!」
強い語気で島津を非難した。
島津は、一瞬怯んだような顔をしたが、それでも菊から目を離すことなく、言った。
「俺はあなたを馬鹿になど、…一度もしたことはありません。」
しかしその声はあまりに小さく、自信の欠片も見当たらない。島津らしくない声だった。
(そもそもこの人らしさとか、よくは知らないけど。)
絆されることなく、未だに菊は目を三角に尖らせている。
「それで、いつオープンされるんですか?」
それでも、島津は臆せず前のめりに菊に聞いた。
思わぬ質問だったため、菊は目を細める。
「…え?どういうことですか?」
「よろしければ、オープンされた際にはぜひ利用させていただければと思うのですが、」
「未定です。」
「え?」
「もういいですか?これ返さないといけないんで」
菊の声音は未だに固い。
その態度に、島津は一瞬目を伏せた後、刹那芯のある瞳を開き、
「未定とはどういう意味ですか。できれば少し、お話しを聞かせていただけませんか。」
懇願するように菊をじっと見据えた。
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