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「奴は、少なくとも半年前には死んでいたようです」
部下の報告を背中で聞きながら、俺はひしゃくで水を汲んだ。
ゆっくりと目の前の墓石を湿していく。
「私的な人付き合いはほとんどなく、仕事も全てオンラインでAIが肩代わりしていた。おかげで誰にも死亡したことを悟られなかったようです」
検死の結果、店主自身もまた『オンライン麻薬』で命を落としていたことが判った。
遺体の周辺には争ったり逃れようとした形跡は全く見つからず、むしろ『死のパルス』を流し続けたパソコンを愛おしげにかき抱いた姿で事切れていたという。
「つまり検死結果が正しければ、奴はどの被害者より早く自殺したことになります。無論、事件として判明している分に限りますが」
「そうか」
『人助けのつもりだったんですよ』
あれは、単なる口から出まかせでもなかったということか。
「あと、被害者らが亡くなる直前、どんな音声を聴いていたかも解析できたそうです。その中のひとり雪渡明日花ですが……」
そこで何故か、彼はためらうように言葉を切った。
「構わん。言ってくれ」
「……は。彼女が聴いていたのは、パトカーのサイレン、雨音、無線機の発振音。そして男性の怒鳴り声だったようです。で、これは解析した者の話なんですが」
一瞬の沈黙の後、彼は小声で続けた。
「その男の声は、現場で指示をする班長の声色に、よく似ていたと」
「…………」
空のバケツを手に立ち上がる。中でひしゃくがカランと音を立てた。
「そうか」
怒鳴り声、か。しかも、よりにもよってかつての仕事を、俺達の事件を連想させたであろう──。
歩き出す。墓標に背を向けて。その後を、肩を小さくして部下が追ってくる。何度も口を開いては、一言も発せず、口を閉じて下を向く。
「あの、班長」
「何も言うな」
気遣わしげな顔を、手でわざとずさんに払いのけた。
「俺も、探している最中なんだ」
だがきっと見つからないだろう。この胸の内を表現する言葉は、たとえ世界中、どれだけ検索したとしても。
雪渡。お前も同じような気持ちだっただろうか。
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