人生初の家出

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人生初の家出

「婚約!?見た事もない相手とか!?まだ高校生なのに!?」  真秀(まほろ)は驚愕して祖父に訊き返した。  黒瀬真秀、高校2年生。元はとある地方の藩主を長く務めた家柄である黒瀬家の長男である。  今は勿論一般人でしかないが、それでも地元では、特に年配の人やずっとここに住んでいる人からは、未だに黒瀬家当主は「殿様」と呼ばれ、跡継ぎの真秀も「若」と呼ばれる。それに恥じないようにと真秀は幼いころから努力を続け、勉強、スポーツ、他国言語の習得など、できない事はあるのかと思われるくらい習得している。  祭りでは甲冑を着た地元民と騎馬で市内を練り歩き、流鏑馬、居合、剣と槍の試合をするくらい、黒瀬の殿様というのは、今でも存在している。その跡継ぎである以上、努力するのは義務であると教わって来た。  が、許婚の話は、初耳だった。 「お前も来年は18。婚約くらいはしておいてもいいだろう。  それに相手のお嬢さんは、わしの盟友の孫でな。男の子と女の子が生まれたら結婚させようと約束しておってのう。子の代ではどちらも男だったが、今回は運良く男女になった。年周りもピッタリだしな」  そう言って、前当主は嬉しそうに笑った。 「これがそのお嬢さんの写真だよ。大人しそうで、かわいい子だよ。ほら」  父がそう言って封筒を差し出すが、真秀は目をやらなかった。 「いいよ。勉強や武道なんかは努力して来たよ。それは別にいい。でも、結婚相手は自分で決めたい」  真秀が言うと、祖父も父も、母もにこにこした。 「照れんでもいいのにのう」 「照れてないから」 「この祭りに呼んである。対面をして、発表するからな」 「勝手に決めるなよ!」  真秀が言うが、3人でもう衣装やら引き出物やら子供の名前まで相談しだして、真秀はムスッとして席を立った。 (冗談じゃない!)  そして人生初の、抗議のための家出をしたのだった。 「許婚!?って、何時代の話よ!」  (みぞれ)は、口をあんぐりと開けた。  川田 霙、高校2年生。普通のサラリーマンと専業主婦の二女である。 「わしの親友の孫でな。お互いの子を結婚させようと約束しとったんだが、うちも向こうも、子供はどちらも男だったんでな。孫が男女で、年周りもピッタリだったんで、いやあ、悲願が叶った」  祖父がそう言って満足そうに笑う。 「待ってよ。私、OKなんてしてないからね?  というか、おかしいと思ったのよねえ。一家総出で旅行に行こうなんて」  霙が言うと、大学生の姉が気楽そうにお菓子をつまみながら言った。 「いいじゃない。相手はいい家柄のお坊ちゃんらしいわよ。玉の輿ってやつじゃない」 「じゃあ、お姉ちゃんが結婚すれば?」 「私は彼氏がいるもん。  あ、でも、出世しそうにないかなぁ。その前に、就職大丈夫かなぁ」  真剣に悩み出す。  祖父と両親は、嬉しそうに、サバゲー三昧の女らしくないこの子にまさかこんな良縁が、などと話している。  霙は頬を膨らませ、勢いよく立ち上がると、 (冗談じゃない!) と、宿の部屋を出て、人生初の抗議のための家出をしたのだった。
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