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光之と博と加奈子は日暮里駅までの道のりを歩いていた。すみれはこの近くに家があるので、徒歩で帰った。
4人はそれぞれジョッキ数杯飲んだ。すみれは少しふらふらしていたが、博と加奈子は意識がはっきりとしていた。
「今日は俺ん家で泊まる予定だったな。行こうか」
「うん」
光之は今夜、博の自宅で泊まることを予定していた。博にも伝えていた。
「どこにあるの?」
「大塚駅の近く」
大塚駅は山手線の駅で、都電の生き残りである荒川線との乗り換え駅だ。全盛期、東京を網の目のように走っていた都電も、地下鉄の開業やモータリゼーションの影響で次々と廃線になり、今では荒川線を残すのみとなった。
「ふーん」
「加奈子ちゃんとの間には2人の息子と1人の娘が生まれたんだ」
「そうなんだ」
「上の息子は結婚してマイホームを建ててそこで暮らしてるんだ。下の息子と娘は大学生。今は4人で暮らしてるんだ」
「へぇ」
光之は博と加奈子がうらやましく思えた。幼馴染と結婚して、3人を子供をもうけて幸せそうだ。自分もそんな恋をしたかった。でももう遅い。
3人は日暮里駅に着いた。ここから山手線内回りに乗って大塚駅に向かう。夕方の帰宅ラッシュが過ぎて、日暮里駅は少し空いてきた。ほろ酔いのサラリーマンも多少いる。
3人はホームにやってきた。ホームには残業帰りの客が多少いる。彼らの中には酒が入って少し酔っている人もいる。
すぐに内回りの電車がやってきた。乗客は夕方ほど多くない。3人は車内に入った。乗客はまばらだ。
「みっちゃんもいい嫁さん早く見つけてな」
「わかったよ」
光之は笑顔を見せた。絶対に結婚して、博と加奈子を結婚式に呼びたいな。
「きれいな夜景だね。牢屋にいた頃はこんなの見えなかったよ」
「夜景、きれいでしょ」
「また気持ちが落ち着いたら、東京に行きたいな。戦争時に、スカイツリー、それに、ディズニーランドにも行きたいな」
「じゃあ、一緒に行こうぜ」
3人は楽しそうに話していた。もしも死刑が執行されていたら、こんな光景見れなかった。また会えただけでも、博は嬉しかった。
3人は大塚駅で降りた。ここは高架駅で、その下に都電の停留所がある。都電には多くの乗客がいた。まだ都電は都民に愛されているようだ。
数分歩いて、3人は博の自宅に着いた。博の家は比較的新しいアパートで、博の実家はその2階だ。
「ここなんだ」
博は鍵を開けて、中に入った。中は明るい。どうやら誰かがいるようだ。
「ただいまー」
「おかえりパパ」
1人の青年と1人の女性がやってきた。どうやら博と加奈子の子供達のようだ。
「紹介するよ、次男の肇(はじめ)と長女の香(かおり)だ、お父さんの友人の光之さんだ」
「はじめまして」
「はじめまして」
2人はお辞儀をした。2人はちょっと照れていた。
3人はリビングにやってきた。リビングには誰もいない。肇と香はそれぞれの部屋にいた。
「今日はここで寝てね。リビングでごめんね。これしか用意できなかった。毛布はこっちが用意するから」
「ありがとう」
光之はリビングに座った。光之は今日の移動で疲れていた。ぐったりとしていた。
「明日は何時に出発するの?」
「8時半」
「どこに行くの?」
「鴨川。綾子ちゃんに会って、一緒に鴨川シーワールドに行こうかなと」
明日は鴨川シーワールドに向かって、そこから総武本線、東海道本線を西に向かって、浜松で1泊する。
「そうか。綾子ちゃん今は漁師の嫁なんだよ」
「ふーん」
綾子ちゃんが漁師の嫁だということは手紙で知っていた。
「鴨川シーワールドいいとこだよ。シャチのパフォーマンスしょーが素晴らしいし、シャチってけっこう可愛いんだよ」
「楽しみだな。シャチを生で見たことないんだ」
「そうか。かわいいぞ」
光之は鴨川シーワールドに行ったことがなかった。それに、シャチを生で見たことがなかった。光之は旅行の前夜に鴨川シーワールドのことを知って、行きたいと思っていた。
この日、さくらは名古屋に向かうことにした。拘置所の人に聞いて、光之が今後どこで暮らすのか聞こう。
さくらは近鉄の大阪難波駅にいた。さくらは新幹線ではなく名阪特急で名古屋に向かう予定だ。大阪難波駅のホームには多くの乗客がいる。
近鉄の駅だが、阪神電車も来る。2009年に西大阪線改めなんば線が近鉄の大阪難波駅まで延び、相互乗り入れを始めた。
さくらは名古屋行きの特急ひのとりに乗った。6両編成で、一番前と一番後ろがハイデッカーの3列シートだ。さくらは真ん中のレギュラーシートに座った。
さくらは座席に座った。乗客はそんなに多くない。車内は静かだ。
9時ちょうど、ひのとりは大阪難波駅を出発した。ここから大阪上本町駅の先までは地下区間で、鶴橋駅で地上の大阪上本町駅から来た電車と合流する。
さくらは新聞に載っていた出所の記事を見ていた。車内でさくらは光之のことを考えていた。光之は元気でいるだろうか。自分のことを覚えているだろうか。また会いたいな。そして、20年余りの時を経て、プロポーズできたらいいな。
その間に、ひのとりは大阪上本町駅、鶴橋駅、大和八木駅に停まった。大和八木を出ると、次は津駅だ。
記事を見るのに飽きたさくらは車窓を見ていた。光之は20年以上も牢屋にいた。外の景色なんて見ることができなかった。20年余りぶりに見た名古屋や京都の風景をどう思っているんだろう。さくらはその感想を聞きたかった。
西青山駅を過ぎると、長いトンネルに入った。新青山トンネルだ。近鉄大阪線の最大の難所、青山峠を越える長いトンネルだ。それまでは大阪線で最後まで単線で、蛇行するように越えていた。だが、脱線衝突事故が起こり、以前から計画されていた複線化が早まり、現在の新青山トンネルを通る複線の新線に切り替えられた。
その後もトンネルを越えると、田園地帯に入った。もうすぐ大阪線の終点、伊勢中川駅だ。だが、この電車は伊勢中川駅には止まらない。その手前にある短絡線を通って、そのまま名古屋線に入る。
伊勢中川駅の手前の中村川橋梁の手前で、ひのとりは左の短絡線に入った。この区間だけは単線だ。
名古屋線に入ると、ひのとりは再びスピードを上げ、雲出川橋梁を渡った。その時もさくらは光之のことで頭がいっぱいだ。今頃どうしてるんだろう。元気にしているだろうか。私を見てどんな反応をするだろうか。
次の停車駅の津駅が近くなると、JR紀勢本線が右に見えてきた。次の津駅はJRや紀勢本線の乗り換え駅だ。普通の特急はその次は白子駅に停まるが、一部のひのとりは終点の名古屋駅まで停まらない。
11時6分、ひのとりは名古屋駅に着いた。名古屋駅も多くの人が行き交っていた。名古屋拘置所の最寄り駅の市役所駅へは地下鉄東山線と名城線を乗り継いで行く。
さくらはわくわくしていた。もうすぐ光之に会えるかもしれない。会ったらどう話そうか。どんなプロポーズの言葉を言おうか。
さくらは東山線に乗った。東山線はこの時間帯も混雑していた。東山線は名古屋地下鉄の最混雑路線だが、車両が小さい。そのため、いつも混雑している。
数分で電車は栄駅に着いた。市役所駅へはここから名城線に乗り換える。名古屋駅からここまでは最混雑区間だ。島式のホームには多くの人が行き交っていた。ここで降りる人や、名城線に乗り換える人々だ。
さくらは階段を下りて名城線の右回りのホームにやってきた。ここでも多くの人が電車を待っていた。その多くは市役所駅で降りて名古屋城に行く人々だ。
間もなくして、電車がやってきた。東山線の電車に似ているが、こっちは藤色の帯だ。さくらは電車に乗った。
数分して、電車は市役所駅に着いた。島式のホームに多くの乗客が降り立った。さくらもここで降りた。多くの人が名古屋城に行くのに対して、さくらは名古屋拘置所に向かった。
歩いて7分、さくらは名古屋拘置所に着いた。この辺りはビジネスマンが行き交っていた。それを見て、20年余りも牢屋にいた光之はこんなことできなくてつらかっただろうと思い始めた。
「すいません、ちょっとお聞きしたいんですが、出所された山田光之さんはこれからどうなさるか、知ってますか?」
名古屋拘置所の前にいた看守に聞いた。その看守は偶然にも、出所する光之を見送った看守だった。
「山田光之さんは、今後、越前下山駅の近くの故郷で農業を営むと聞きましたが」
「そうですか。ありがとうございました」
さくらはお辞儀をした。さくらは驚いた。光之が福井の農村出身で、出所後はここで農業を営む。じゃあ、今日名古屋に来たのは無駄足だったのか。福井に行かねば。行って、プロポーズしなければ。
もうすぐお昼だ。さくらは名阪特急の車内で昼食をすることにした。さくらは名古屋拘置所を後にして、名古屋駅に向かった。
結局光之に会うことはできなかった。でも、どこにいるかはわかった。院長と相談して、福井に行こう。
帰りの地下鉄の車内で、さくらは携帯電話を見ていた。越前下山駅がどこにあるのか調べていた。
調べてみて、さくらは驚いた。越前下山駅は本数の少ない九頭竜線の終点の1つ前の駅だ。1日上下5本ずつしかない。しかも、福井駅から行けるのは4本だけだ。こんなに本数が少ないとは。
さくらは帰りの名阪特急でそこまでの道筋を考えることにした。九頭竜線はあまりにも本数が少ない。しっかりと考えておかないと、その日に行けない。
午後4時過ぎ、さくらは大阪難波駅に戻ってきた。相変わらず大阪難波駅には多くの人がいた。
さくらは大阪メトロを乗り継いで、院長の家に帰ってきた。院長はまだ帰ってきていない。家の中は暗くて静かだ。
さくらは夕方のワイドショーを見ながら過ごしていた。家事等で全く見る機会がなかった。さくらは興味津々にワイドショーを見ていた。
夜になって、院長が帰宅してきた。
「ただいまー、さくら、帰ってきてるか?」
「はーい」
院長は鼻をかぐ仕草を見せた。
「おっ、今日はカレーか?」
院長は匂いだけで今日の晩ごはんはカレーだとわかった。
「うん」
「いい匂いだな」
院長は笑みを浮かべた。今日は大好きなカレーだ。
「もうちょっと待ってくださいね。 今、ルウを溶かしているところですから」
「ありがとう」
できるまでの間、院長はリビングでテレビを見ていた。
約5分後、カレーが出来上がった。院長とその家族はリビングにやってきた。
「さぁ、できましたよ」
さくらはテーブルに座った。テーブルにはカレーとサラダが並んでいる。
「いただきまーす」
院長とその家族はさくらの作ったカレーを食べ始めた。
「やっぱ、遥の作るカレーはうまいな」
突然、さくらは今日のことを院長に話し始めた。
「今日、偶然外に出ていた拘置所の人に聞いてみたの。光之さん、福井の農村で農業を営むらしいって」
院長は驚いた。山田光之が福井県出身だと知った。
「そうか、福井の農村か」
「越前下山駅の近くだって。九頭竜線の」
院長は首をかしげた。院長は九頭竜線のことを知らなかった。院長は鉄道のことをあまり知らなかった。
「そうか」
「私、行ってみようと思うの。そして、一緒に暮らそうと思うの。いいでしょ?」
院長は少し考えた。さくらがこんなことを言うとは。また家を離れることになる。突然のことで院長は戸惑っていた。
「わかった。もし結婚することになったら、悔いのない人生を送るんだぞ」
「うん」
さくらは明日、福井へ向かうことにした。光之に告白するなら、これが最後のチャンスだと思っていた。これでだめなら、院長のところに戻ろう。
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