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5.トイと〈世界を喰らう森〉
――トイの瞳と〈森〉の世界。
それは、トイが目覚めてすぐの事だった。
「ナツメナツメ、これからどこに行くの?」
「おい、ちょっと離れろ。馬車から落ちるだろ」
「ご、ごめん……」
「あっ、いや、まあ、あれだ!俺はな、こう見えて馬車の達人だからな。いくらでも近くによっても大丈夫だ」
「ほんと!」
この頃のトイはナツメにべったりだった。
街へ着き、宿を取ると一緒の布団で寝たがったし、食事はナツメと同じ料理を食べたがった。入浴も数か月間は共にしていたくらいだ。
馬車で移動する時も、狭い御者台に器用に入り込み、ナツメの足の間に座って、二頭の馬の尻の隙間から外を眺めていた。
「ねぇ、ナツメ」
「どうした?」
「トイの目の色の事なんだけど。失われた……って、どういう事?」
膝の間から上目遣いに聞かれたナツメは、言葉を選んでから重々しく口を開いた。
「ずっと遠くにある、あの〈森〉、見えるか?」
「森って……あのでっかいヤツ?」
「そうだ。あれは、〈世界を喰らう森〉と呼ばれている。他の言葉だと、〈セツ〉とも言う。今よりずっと昔、あの〈森〉はまだごく小さかった。それが、たった数年で、あたりの小国群を喰って、あの規模まで成長したんだ」
「も、森が?」
ナツメは手綱を弾いて返事の代わりにして、トイに水袋を渡してから続けた。
「あの森の向こうには、西の国があったんだ。俺たちがいる東の国と双璧を成すこの大陸の大国だ。あの〈森〉は、西の国を喰ったんだ。それ以来、成長こそしていないが、この大陸の半分を覆う程、〈世界を喰らう森〉は大きい」
「んっ、くっ」
水を美味しそうに飲みながらんー、んー、と唸るトイの頭を優しく撫でる。
トイはこうされるのが好きだった。
「西の国の人々の瞳は、綺麗な翡翠だった。東の国にはない色だ。今はもうない亡国の人々の目――だから、こっちでは翡翠の瞳は失われたなんて言われてる」
「えへへ……あれ?じゃあ、トイは西の国から来たの?もう、ないんじゃないの?」
「――さぁ。だが、案外まだ元気にやってる奴らもいるかもしれないな。それこそ、お前の……家族、とかもな」
「トイには、ナツメがいる」
「ばーか言え。俺は子どもを作った覚えはねぇよ」
ぽん、ぽん、と頭を軽く叩くと、楽しそうにトイは笑った。
それは、ある晴れた日の事だった。
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