7.ランタン、湖面、水面に銀

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 夢の話をやけに克明に、それでいてどこか抽象的に――矛盾したような視点で話したトイは、最後にこう付け足した。 「これってさ、ナツメ。の記憶、なのかな」 「……どう、だろうな。前に言っていたよく見る夢とは、違うんだな」 「うん、違う。これは、最近見るようになったんだ」  歯切れの悪い返事で誤魔化したナツメに、トイはさらに食い気味に続けた。 「なあ、俺。〈森〉の向こうの、西の国に行こうと思うんだ」 「――!お前、それがどんな行為か分かってるのか」  分かってるさ、ちゃんと。  そう頷くトイの翡翠の瞳には、力強い光が浮かんでいる。  説得しても、もう一度〈森〉について説明しても、その決意は揺らぎそうになかった。 「……どうして、そうしたいんだ?」  努めて穏やかに、焦りを隠しながら、ナツメはトイの白髪を撫でる。  ずっと前に、「短くしたい」と長髪をやめたトイも、撫でられるのは好きなままだ。 「前に、ナツメが教えてくれただろ。俺の目は、失われた目で、西の国には案外まだ人がいるかもしれなくて、って」 「……言ったな」 「別に、家族を探したいわけじゃないんだ。家族なんて、俺にはいらない。ナツメがいてくれるから。でも、俺は知りたいんだ。自分が何者で、どうしてこっち(東の国)にいたのか」  その言葉にナツメは目を細め、沈んだ声色で、「ああ」と相槌を打っていた。 「〈森〉は近づく者を喰らう。正面、上、海から。どの方向から近づこうとしても、一定の距離の所で喰われる。だから、誰も入れない。〈世界を喰らう森(セツ)〉だ。でも、それでも――その向こうに、森の外に、俺の何かがあるなら、俺はそこまで行きたい」 「トイの想いは分かった。だが、どうやって森を越えるんだ」 「それは……行ってみない、と」 「蛮勇は身を亡ぼす。無策で行っても無駄死にするだけだ」 「……でも、行かないと」  トイの熱意に押されたナツメは、最終的にはその想いを受け入れる事にした。  無駄死にさせるわけにはいかないと言っておきながら、その時のナツメはやけに速くトイの希望を受け入れていた。  トイは少し不安になってナツメを見上げ、 「……叱らないの?」 「言ったろ。好きに生きろって。俺が一緒に〈森〉へ入る手段を考えてやる。だが、俺はそこまでだ。後は、トイ。お前が一人でやるんだ」 「……………………………………………………分かってる」  ナツメの緋色を、その翡翠で鋭く射抜いたトイは、ナツメの首に手を回し、背中から抱き着いた。 「しばらく、このままで居させて」 「――あぁ」  それは、曇天の朝の事だった。
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