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1.緋色の瞳
何かが弾ける音がした。弾け、切れて、回る。
そんな音がする。
「……ナツメ?」
記憶の中で、ゆらゆら踊る焚火と同じ輝きをした瞳が優しくくしゃっ、と潰れ、大柄の男が木椀に粥をよそってくれている――そんな映像が流れた。
鮮明に聞こえる追憶の音、声に木椀を受け取ろうとナツメの名を呼びながら手を伸ばす。
だが、その手は虚しく空を切り、生暖かい風に乗って運ばれてきた微かな異臭に指先を撫でられた。
「……ここは、どこだ?」
朦朧とする意識が、霞が晴れていくようにだんだんとはっきりしてきて、トイは自らの状況を確かめようと辺りを見回した。周囲は見渡す限りの緑、幹が太く、背が高い木々に囲まれていた。真後ろには、根本の近くに大きな空洞があり、その空洞の前を根が交差する不思議な木が見えた。
その具合は、母親が腹の中の子を慈しんで両手を重ねているようにも見えた。
「森……まさか――っ」
森。トイがナツメに拾われたのも、森の近くだ。
そうした森とは全く性質を異にする森を、トイはよく知っているはずだった。
「〈世界を喰らう森〉……俺は、その中にいるのか?」
だが、待てと理性が囁く。
トイは息を殺し、出来るだけ身体を動かさないようにしてから可能性を指折った。
まず、どうしてこんなところにいるのか。トイは自分の最後の記憶を辿ろうと、こめかみに手を当ててうんうんと唸った。
――子どもだ。黒髪の子どもを見て、〈森〉に走っていって……。
その後の記憶が途切れている。
子どもを見た時と、不思議な木を背にしている今とが、地続きの記憶であるかのようにトイには思えた。そこから考えると、その断絶の間に何らかの出来事があって、トイは今〈世界を喰らう森〉の中にいるというのが自然だろう。
だが、どうだ。
ナツメに聞いた話では、〈世界を喰らう森〉は国を喰らい、成長する。そんな〈森〉の中にいて、どうして自分は呑気に寝ていたのだろう。ここが本当に〈世界を喰らう森〉だとしたら、自分はとっくに死んでいてもおかしくはない。
第二に、とトイは自分の周りに転がっている、ボロボロになった荷物入れを見る。
「寝床に食料、道具類も壊れてる。荷物入れも、これじゃただの布だ。日記くらいか、原型をとどめているのは」
トイの目の前には、ナツメと一緒に用意した旅の荷物が無残な姿になって転がっていた。唯一無事だった日記以外は、工夫しても使えるかどうか、という有様だ。
第二に、どうして荷物が荒らされているのか。
原型をとどめていないものが多く、無くなった物があるかどうか正確には数えられなかったが、野盗の類に襲われたのではないだろう。どんな価値があるか未知数であれ、野盗ならばトイごと棲み処に持ち帰って物色するはずだ。
めぼしい物が無く捨てられたにしてはトイは無傷だし、そもそもそんな事されて覚えていられないほど自分は馬鹿ではないと、トイは結論付けた。
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