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「誰だ、お前は」
葉を抱くような低い音が心地いい声に、トイは生唾を飲み込む。懐かしさとは別に、返答次第では首に触れる冷たさはすぐさま、流れ出る熱さに変わると直感で分かった。
「……俺は、トイだ。気がついたら奥の木の根本で倒れていた。それ以前の記憶が無くて、手がかりを探そうと森を歩いていたらここに来たんだ」
真実を混ぜながら細かい要素を省いたトイは、声の主がどう出るか、続く言葉を窺った。
「その木の特徴は?」
「空洞に、根が交差している不思議な木だった」
「――そうか」
声の主はそれを聞くとトイを解放し、浅い息を吐いていた。
今少し問答が続くだろうと思っていたトイは拍子抜けし、振り返ろうか迷っていると、続けざまに慌てるような声を聞いた。
「ちょっと、お兄ぃ!いきなりそれはないでしょうっ」
トイよりも幾分か高く、抑揚のある元気そうな印象を受ける声だ。
数秒の後に背後に感じる人の気配が一つぶん増えたような気がして、余計に振り返りづらくなる。
「――すまない。どうしてだろう、自分でもはっきり分からないが……危険、なような気がした」
「それ本当に?あんなに不安そうにびくびく歩いてたのに?」
あっ、ごめんね、と謝りながら、「お兄ぃ」と言っていた妹の方だろうか、トイの目の前にぴょこん、と姿を現した。
妹はナツメの瞳の色のような綺麗な緋色の、肩までの長さの髪に、まだ幼い丸みを帯びた顔つきだった。線が細いわりに、身体の凹凸がはっきりしている。
そして――。
トイは、その少女の瞳の色を見て、愕然とした。
「怖かったでしょ?お兄ぃがごめんね!私、エナって言うの!ね、あなたは?とっても綺麗な瞳だね。見た事無い瞳の色だけど、素敵」
「――え?」
「さっきはすまない。俺も、少し敏感になりすぎていただけかもしれない。集落で見ない顔だったからな。レーヒだ。というか、エナ。やっぱり弟じゃだめか?」
「何言ってるの。私、十歳。お兄ぃ、十五歳。誰の弟になるの。アウラン?あっ、ねぇ、そうでしょ?」
「なっ、ち、違う!アウランは……。ああ、もういい、分かった。お前は妹だ」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
再び「ごめんね」と言った妹――エナと言うらしい――に、トイはまた別の意味で愕然として、恐る恐る、問いを投げた。
「見た事無い色って、俺の瞳の色は、君たちと同じ翡翠でしょ?」
そう、エナも、そしてレーヒも、その瞳はトイが探していた翡翠色だったのだ。
だが、それ以上に、エナは、トイの瞳の色を、「見た事無い色」だと言った。
二人を怪しむトイに告げられた言葉は、トイにとっては国を喰らう森の存在よりもずっと、ずっと残酷な物だった。
「あの――言いにくいんだけど……あなたの瞳は、綺麗な緋色だよ、ね……?」
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