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2.消えた緋の過去を想い、翡翠の未来を見ゆ
何を言っているんだ、とトイは素朴に思った。
ナツメに教えてもらって、自分でも何度も見てきた、自分を失くした記憶と繋ぐ唯一の証だった、翡翠色が、緋色だと。
トイはエナやレーヒに構わず、身を翻して真っ直ぐ湖へ走った。あの紺碧の美しい湖面になら、顔が映るはずだ。
――そして、俺は見るんだ。いつもの、あの翡翠色の瞳を。
足がもつれ、頭から無理な角度で転ぶ。草を巻き込んで、頬を土で汚しながらも、立ち上がって飛び出そうとするが、脚に上手く力が入らなかった。
言い知れない焦燥感に腰が砕け、歩けなくなっても、這いつくばって湖面へ向かう。
そして、光の欠片を優しく抱くその湖面を、トイは意を決して覗き込んだ。
「……ナツメと、同じだ」
酷く悲しそうな、見慣れた顔に、炎を宿したような綺麗な緋色の瞳が、浮かんでいた。
トイを森に導いたあの翡翠の目の面影はどこにもなく、大好きなナツメと同じ緋色がからかうように、水の波紋でぐちゃぐちゃに潰れた。
「……うっ、あ――、」
トイはその場にうずくまり、胃液だけの嘔吐と共に、気を失ってしまった。
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