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エナもレーヒも、トイと同じ――だった、と言うべきか、翡翠色の瞳を持っている。それが意味するのは、トイの旅の目的でもある、「自分が何者かを確かめる」事へ、一歩近づいたという事だ。
だが、ナツメ曰く、西の国は既に滅んでいるはずだし、そもそも仮にここが〈世界を喰らう森〉の中だとしたら――。
どうして、人がいるのか?
「ねぇ、もう一度、名前、聞いてもいい?」
「ん?ああ……トイ、だよ。さっき言ってた、レーヒと同じ十五歳……だと、思う」
「――というと?」
「俺、記憶がないんだ。あっ、レーヒに言ってた、ここに来るまでの記憶っていうのもそうなんだけど……自分が誰、とかどこで生まれた、とか。家族?とか」
隠す必要もないかと、トイは努めて明るくそう告げた。エナとレーヒは顔を見合わせて驚いている。それを見て、判断を誤ったかと思ったが、どうやら違うようだった。
「名前も、覚えていなかったのか?」
「うん。トイって名前は、俺を助けてくれた――大切な人が、つけてくれたんだ」
「――そうか」
エナに肘で小突かれたレーヒは、ため息を吐くと、襟足を掻きながら口を開いた。
「俺も、トイと同じなんだ。空洞のある、不思議なあの木の中で三年前にエナに拾われた。記憶を失くした状態で、な。俺の場合は、せ――レーヒという名前と、親のどちらかが学者だった事、それから、この森の外で育った事は、覚えていた」
「あと、年齢もね」
「なっ――」
トイははじめ、奇妙な一致に驚いたが、すぐにある違和感を覚えた。
だがそれを考える前に、レーヒが続ける。
「……まあ、記憶がない者どうし、仲良くしよう」
「お兄ぃがそんな事言うなんて、珍しいね?」
「いや――なんだろう、トイには、懐かしい……感じが、するんだ」
これも共通点があるからかな、と不器用に笑うレーヒにどきりとしたトイは、慌てて返していた。
「こっ、こちらこそ、よろしく。レーヒ。エナも」
エナとレーヒがほとんど同時に片手を差し出し、握手、と呟いたから、トイは二人の手を同時に握って微笑んで見せた。
トイは、ナツメの優しさの温度を知っている。打算抜きに、親身になって助けてくれる人の温度というものを。この二人からは、それに近いものを感じていた。だが、それを上回る不安に似た違和感に、エナたちを信頼していいか決めかねていた。
「疲れてるでしょ。ね、一緒に集落に行こう?きっとお母さんが受け入れてくれるよ。他の大人も、私が説得する、お兄ぃの時みたいに」
「まあ、そういう事だ。歩けるか?」
「あ、うん」
二人に手を引かれ、トイは「集落」へと足進める。
湖面へ走り出した時に放り投げてしまった日記を拾ってくれていたエナからそれを受け取り、トイを真ん中に三人は横並びで歩き出した。
トイに合わせて、ゆっくり、ゆっくりと。
「集落に行ったらびっくりするよ!」
「そうなの?楽しみしてるよ」
――見極めなければ、この目で。
ここが、本当に〈世界を喰らう森〉の中なのか。
二人が、信頼に足る人物なのか。
集落とは何なのか。
そして、見つけなければ、とトイは思った。
記憶の断絶の間に何があったのか。
――なぜこの目は、緋色に光っているのかを。
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