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3.約束
ある木は半ばから強引にへし折られ、乳白色の肌を晒して身体をもたげている。その木を巻くようにして、どこの木の根か分からない赤黒くごつごつした根が地面から伸びている。針を刺すような具合で虚空に突き出た鋭利な枝が作る複雑な影が、折れた木のわきから落ちる日に引かれていた。
暖かな陽気が、そんな木々の葉に透けてちょっと涼しい。
トイは、〈世界を喰らう森〉にしてはあまりに穏やかな様子に、ただの森にしては奇妙過ぎる木々の姿を見て、世界を喰らった森みたいだと思った。
「そういえば、レーヒ。その――人、は、えっと……」
「ああ、彼女か。もう、亡くなっているよ。精神的に病んでいたらしい。昨日、シャクセ――エナの母親だが、彼女が遺体を見つけた」
「私たちは、あそこの湖で〈魂〉の加工をしていたんだよ」
トイはレーヒが担いでいる人――死体を見つめ、その喉元に小さな穴が空いているのを見つけた。いつかナツメが言っていた。「喉から浮き出る木片のような〈魂〉」とやらだろうか。
トイがレーヒにナイフを突き付けられたのも、彼女が倒れているのを見たからだ。
今思えば、エナの言う〈魂〉の加工とやらをしている時にトイが現れ、咄嗟に隠れて様子を窺っていた、とそんな具合だろう。
「〈魂〉の加工は、分かる?」
「うん。ちょっとは」
「そっか」
エナたちはトイの事をあまり聞こうとしない。気を遣っているのだろう、と思う事にした。警戒を払う事と、必要以上に疑う事は違うな、とナツメを思い出しながらトイは考えていた。
「あのさ、どうしてこんなに荒れているの?」
トイはまるで何かに襲い掛かっていたみたいに地面から槍のように突き出た根からがに股で距離を取りつつ、二人に聞いた。
「三年前、実はレーヒにも同じ事、聞かれたんだぁ。でも、ごめんね。私たちには分からないの。集落の大人たちも皆分からないって」
「――そう」
集落か、と内心で呟いた。
森がこれだけおとなしければ、そんなものが出来ていてもおかしくはない。
「ねぇ、トイ。レーヒもそうだったんだけど……森の外で生活していたの?」
「――そうだよ」
「……っ。そっか」
レーヒがやおら咳払いをすると、エナはもごもごと口を動かしながら俯いた。しかし、ものの数秒後には我慢できないっ、と言ってトイの手を掴んで言った。
「トイ、私ね、森の外に行ってみたいの!レーヒの故郷探しのついでに、この目で見てみたい!」
「え、っと……」
トイは二重の意味で困惑していた。
なぜエナは自分にそんな事を言うのか――。
それから、未知の世界を求めるその目の輝きが、自分と似ている気がしたから。
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