4.日記

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4.日記

 あれからおよそ一年の間、トイはナツメと行動を共にした。  時々、嫌そうな顔をしながらも世話を焼いてくれるナツメが、トイは好きだった。  記憶は戻る気配が無かった。手がかりになりそうなものが、よく見るようになった二つの夢と、瞳。  翡翠の瞳は、今では失われた目の色だという。  ナツメのような緋色や、黒、青が多い。宿の店主は青だった。果物屋の看板娘は黒だったし、道具屋のおかみは赤っぽくて、青っぽい不思議な色だ。  今は、それくらいしか分からない。  けれど、トイにはある目標が出来ていた。今日は、そのための出発の日でもあり、ナツメと別れる旅の始まりの日でもある。 「いいか?この街から〈森〉の近くまで、ひと月はかかる。その間に、一人で野営できるようになっておけよ」 「はぁい」  白い長髪は鬱陶しかったから、随分前にナツメに切ってもらっていた。  ナツメとお揃いの髪型だ。右側が耳の後ろまで刈り込んであって、左側に膨らみがある。並ぶと親子か兄弟みたいだと、宿の店主にからかわれた。 「何書くの?」 「日記だ。前も言わなかったか?」 「聞いてなかったかもしれない」 「聞けよ」  ナツメは、左手の甲に複雑な模様を描くと、右手の指先で空中に文字を書き出した。  緑がかった透明な文字は、キラキラ踊りながら、紙束の中へ落ちていく。紙束に変化はないが、読みたい時には、紙束にも同じように模様を書いて文字を取り出すのだ。  導陣(ルーン)という、特別な力だった。トイにも、簡単なものはいくつか使える。 「そうだ。トイ、お前も日記を書いたらどうだ。はじめのうちは、今までの出来事を整理するだけでもいい。慣れてきたら、毎日書くんだ」 「日記?なんで?」 「日記はな、自分を整理する営みなんだ。それを繰り返していけば、失くした記憶を取り戻せるかもしれないだろう?」 「なるほど」  その日は、出発までの時間、ナツメによるトイへの日記書き方講座が開かれた。  出発ギリギリになってようやくやり方を覚えたトイは、はじめにこう記した。
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