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第10話 お弁当
「咲妃。朝早くから何をしているんだ」
キッチンでお弁当箱に入れるためのおかずを並べていると、起きてきた恭士お兄様が顔を覗かせた。
「おはようございます。恭士お兄様。お弁当を作っているんです」
「まさか、惟月の弁当か」
「ええ。私と惟月さん分です」
「何度も言いたくはないが、あいつとの婚約はやめたらどうだ」
もしかすると、恭士お兄様は惟月さんが中井さんと付き合っていたことを知っているのかもしれない。
私を傷つけたくなくて、それをはっきり言わないだけで。
静代さんが朝食のテーブルセットを済ませて、ダイニングから戻ってくると、恭士お兄様に言った。
「恭士坊ちゃま。咲妃お嬢様のお邪魔になりますよ。ほら、キッチンから出て下さい」
「あいつにそこまでしなくてもいいだろう?」
「お嬢様が作って差し上げたいとおっしゃられるんですから、よろしいでしょう」
恭士お兄様は静代さんに追い出されてしまった。
「まったく、恭士坊ちゃまには困りますねえ。ご自分の結婚相手のことを気にかけていればいいのに。恭士坊ちゃまのことは私に任せて下さい」
「ありがとう。静代さん」
作ったものを後は詰めるだけだったので、手早くお弁当箱に詰めて、保冷バッグに入れた。
「きっと喜んで下さいますよ」
「ええ」
そうだといいのだけれど。
静代さんは励ますようにぽんぽん、と背中を叩いてくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お弁当を?」
「はい。作って参りました。良かったら、ご一緒にと思いまして」
お昼休みになり、緊張気味に聞いてみると、惟月さんは驚いていた。
「大変だっただろう?」
「いえ。両親の教育方針で、日常生活に困らない程度の家事はこなせるよう、教育を受けておりますから、これくらい平気です。お茶をいれますね」
熱い緑茶をいれ、持っていくと、惟月さんは来客用の広いテーブルにお弁当を広げ、皿や箸をすでに並べてくれてあった。
「ぼんやりしてると、お茶をこぼすぞ」
惟月さんはひょい、と持っていたお盆を私の手から奪うと、テーブルに湯呑みを置いた。
「ほら」
腕を掴まれ、ソファーに座らせると惟月さんはきちんと手を合わせた。
「いただきます。食べないと昼休みが終わるぞ」
「は、はい!」
スライスアーモンドをパン粉に混ぜて揚げた香ばしいエビフライと静代さん直伝のだし巻き卵が好評でおいしいと言ってくれた。
ただトマトが苦手なようで渋い顔をしていたのが、おかしくて、それを見て笑うと子どものように恨めしい顔をし、無理やり口にいれて食べいた。
「いつもより、のんびりできた気がするな」
食後に熱い緑茶を飲みながら、惟月さんは言った。
「そうですか?」
「それに誰かが作ったお弁当を食べるのは小学生以来だな。久しぶりで嬉しかった。学生の頃はずっと学食だったから」
「明日も作りますから、楽しみになさってください」
「いや。大変だから、時々で」
「いいえ。平気です」
「それじゃあ、お弁当のお礼に毎週土曜日はどこか一緒にでかけるというのは?」
「本当ですか!」
「ああ」
「ぜひ、ご一緒したいです」
「行きたい所は?」
「ありますけど」
言いにくい。
ちら、と惟月さんを見た。
惟月さんは微笑み、私に言った。
「どこでも」
「あ、あの。遊園地か動物園にいきたいんです。実は私、あまり行ったことがなくて」
そう言うと、惟月さんはうなずいた。
「ああ。親が忙しかったからだろう?俺も同じだったから、それはわかる 」
「そうなんです」
わかってくれて、ホッとした。
「それじゃあ、土曜日に迎えに行く」
「はい!楽しみにしています」
惟月さんは喜ぶ私をにこやかな表情で眺めていた。
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