第2話 婚約者

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第2話 婚約者

清永(きよなが)商事前まで車で送ってもらうと、ちょうど出勤の時間帯らしく、スーツをきた人達が大勢、ビルの中に入って行くのが見えた。 いつもは窓の外から眺めるだけの光景の中に自分も混じるのかと思うと、緊張もあったけれど、楽しみの方が大きかった。 「いってらっしゃいませ。咲妃(さき)お嬢様」 「いってまいります」 「お仕事頑張ってくださいね」 「ありがとう」 私がまだ幼い頃から、車の運転をしてくれている運転手さんで気心が知れていて、かけられる言葉も優しい。 車を降りてビルの中に入ると、スーツをきた集団がずらりと並んで待ち構えていた。 「よく来たね!咲妃ちゃん!」 その集団の中に惟月(いつき)さんのお父様である清永のおじ様がいて、待っていてくれた。 「おじ様。おはようございます」 「おはよう。白のスーツがよく似合っているね」 静代(しずよ)さんの見立ては間違いなかったようで、ほっとした。 「惟月は忙しいらしくてね」 「仕方ありませんわ。お仕事ですから」 おじ様の周りには汗をふきながら、何人も人がいた。 「高辻(たかつじ)のお嬢様、おはようございます」 「お父様やお兄様によろしくお伝えください」 「はい。それで、清永のおじ様。私は何をすればよろしいんですか?」 「そうだなあ。なにか簡単な仕事でもしてもらおうか。惟月の秘書はどうかな」 「社長、それがいいでしょう」 「専務も喜びます」 「うんうん。それじゃあ、秘書室に行こうか」 秘書室は最上階フロアにあった。 その最上階フロアからは高辻の本社が見える。 窓から見える高辻のビルは立派で王様の様に堂々としていた。 あそこに父と兄が働いていると思うと不思議な気持ちだった。 「惟月」 専務室をノックすると、ガタンと音がしてドアが開いた。 社長や他の人達を威圧するかのように上から見下ろされ、全員が少し体を引いた。 「なんです?」 「今日から咲妃ちゃんが来ると伝えただろう?お前の秘書にでもと思ってな」 「申し訳ありませんが、お嬢様の遊びに付き合っている暇はありません」 「惟月!お前はなんてことを言うんだ!」 歓迎されてないことをすぐに悟った。 「おじ様。惟月さんの言う通りです。お忙しいのにごめんなさい」 「わかっているなら、会社にこないでほしいね」 「惟月!」 清永のおじ様が何か言う前にドアが閉まり、鍵がかけられた。 かなり、印象を悪くしてしまったみたいだった。 「そうですよね。なにもできないのに来てしまって」 恥ずかしいのと申し訳ない気持ちでいっぱいだった。 「社長、 惟月さんは忙しいようですし、海外事業部で預かりましょうか?」 「おお。間水(まみず)君。助かるよ。さすが惟月の友人だけあるな。気難しい惟月と付き合えるのは君くらいだ」 惟月さんの友人である間水さんは明るく快活そうな人で、にこにこと笑顔を浮かべていた。 「それじゃあ、ご案内しますね」 「はい、ありがとうございます」 親切に申し出てくれた間水さんは若いのに海外事業部の部長を任されているとおじ様から聞いた。 間水さんに案内され、海外事業部のフロアに入ると、一斉に注目を浴びた。 「皆さん、今日から高辻グループから社会勉強として来られた高辻咲妃さんです」 「どうぞよろしくお願い致します」 にこりと微笑み、深々とお辞儀をすると、驚いていた人達がやっと我に返ったらしく、こちらこそお願いしますと小さな声がパラパラと聞こえてきた。 「それじゃあ、高辻さん。こちらの席を使ってください」 「はい」 空いていた席に案内されて、座ると間水さんはきょろきょろとフロアを見回した。 「閑井(しずい)。高辻さんに簡単な仕事をお願いして」 「ぼ、僕ですかっ?」 閑井さんは人のよさそうな黒ぶちメガネをかけた幼い顔をした人で、おどおどと近寄ってきた。 「机も隣にしてくれ」 「そんな……お嬢様になんて話せば……」 「気になさらないでください。お邪魔にならないよう精いっぱいがんばります」 「ええええ……」 フロアから視線が注がれていて、閑井さんは顔を赤くしていた。 「それじゃあ、頼んだぞ。高辻さん、困ったことがあれば、気軽に言ってください」 間水さんがいなくなり、困り果てている閑井さんと二人になった。 「あの……雑用しか、僕は任せてもらえてなくて。そんな仕事でいいんですか?」 「構いませんわ。それも立派なお仕事ですから!」 そう言うと閑井さんは安心したようにほっと息を吐いた。 「そ、そうですか?」 「はい」 閑井さんが優しい人で良かった。 惟月さんが言うように遊び気分ではいけない。 私は社会勉強とはいえ、会社にきているんだから! せめて、遊びに来ていると思われないくらいには頑張りたい。 「ご迷惑かもしれませんが、よろしくお願い致します」 閑井さんに深々とお辞儀をしたのだった。
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