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第8話 婚約の確認
「送っていただき、ありがとうございました」
家の前まで惟月さんは車で送ってくれた。
車から、降りると家から恭士お兄様が出てきて、惟月さんを軽くにらみつけて言った。
「咲妃、遅かったな。惟月に話がある。家に寄っていけ」
恭士お兄様は 目に見えて不機嫌で友好的な態度ではない。
嫌な予感がして、惟月さんの答えを聞く前に私から先に答えた。
「お兄様、惟月さんは仕事でお疲れだから、またの機会になさって―――」
「いいですよ」
惟月さんは車からおりて、鍵をかけると一緒に家に入った。
静代さんにリビングに案内されると、お父様とお母様、怖い顔をした恭士お兄様がいた。
「惟月君。咲妃を送ってくれてありがとう。そこにかけなさい」
ソファーを指差し、惟月さんは言われるまま、そこに座った。
「まず、確認したいことがある。咲妃との婚約だが、このまま進めてもいいのか、どうかだ。恭士が反対していてね」
「咲妃に不満があるなら、いいのよ。咲妃にはまた新しい相手を探すつもりだから」
惟月さんは考えていた。
きっと婚約を解消されるに違いない。
だって、惟月さんは中井さんのことが好きなんだから。
そう思っていたのに返ってきた言葉は思いもよらないものだった。
「このまま、進めてください」
驚いて惟月さんの顔を見たけれど、その表情からは何を考えているのか、まったく読み取れなかった。
「俺は反対だ」
「恭士。お前は誰でも反対だろう。惟月君。それを聞いて安心したよ」
「そう。それなら、いいのよ。咲妃と仲良くしてね」
両親はホッとしたようだったけど、恭士お兄様だけは冷ややな目で惟月さんを見ていた。
「惟月君。よかったら、夕飯を食べていきなさい」
「ありがとうございます」
ダイニングに案内されると、両親と和やかに話していた。
「さあさあ。夕飯を食べていって下さい」
キッチンから静代さんが出てきて、用意してあった料理を並べてくれた。
嬉しかったのか、お父様はとっておきのワインをあけた。
静代さんはシチューやバゲット、サラダ、ローストビーフ、生ハムとチーズを運び、フルーツの盛り合わせを出してきた。
「シチュー、美味しいですね」
「そうでございますか。お嬢様もお料理はお上手でいらっしゃいますよ。お料理教室に通われていますからね。時々、手伝ってくださるんですよ」
「静代さんには敵わないわ」
「そりゃ、そうですよ。何年、お勤めさせて頂いていると思うんですか」
そう言うと、みんなが笑った。
「恭士も静代には敵わないからな」
お父様ですら、静代さんには頭があがらないところがある。
私は笑っていたけれど、内心では問い詰めたい気持ちでいっぱいだった。
中井さんはどうするの?
今なら、まだ断ることができたのによかったの?
聞きたくて、仕方なかったけれど、恭士お兄様の怖い顔と両親の笑顔を前にその言葉を口にすることはできなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
楽しい夕食を終えて、両親はご機嫌だった。
私に惟月さんを車のところまで送るよう言われ、一緒に車まできたけれど、惟月さんは何も言わなった。
「今日はありがとうございました」
「いや、こちらこそ。それじゃあ、また明日。会社で」
惟月さんはそう言って、車のドアを閉めた。
そして、私に軽く会釈し、車を出すと去っていった。
「どうして…?」
車が見えなくなってもぼんやりとしていると、恭士お兄様が迎えに来た。
「風邪をひくから、家に入りなさい」
「ええ」
「あんな男のどこがいいのか」
「そんなふうにおっしゃらないで。今日だって、私が困っていたら早く帰れるように仕事を手伝ってくださったのよ」
恭士お兄様が電話をしたせいだけど。
最後まできちんと仕事を終わらせ、家まで送ってくれた。
「ふん」
庇ったのが、面白くなかったのか、不機嫌そうに恭士お兄様は先に歩いて家の中へ入ってしまった。
真っ暗な夜空を見上げると、飛行機が飛んでいて、飛行機の赤いライトがチカチカと光っているのが見えた。
もしかして、惟月さんは中井さんと別れたの?
海外に行くなら、別れると言っていたから、それは考えられないことじゃない。
でも、そんな簡単に諦められるもの?
私は自分が諦めきれなかったから、潔く諦められる気持ちが理解できずにいた。
諦められるものなら、こんなに苦しまずにすんだだろうから―――
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