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第1章 邪神誕生 第1話 消えた母
それは遠い昔のことだった。ある日、1匹の狼が殺された。その狼の憎しみは狼を邪神にした。その邪神は犬神と名乗った。
犬神は自分を殺した人間を憎み、人間を絶滅させようとした。人間は抵抗したものの、犬神率いる魔獣達になすすべなく息絶えるばかり。誰の目から見ても人間の絶滅は目に見えていた。
それに対抗するために、魔族が立ち上がった、だが、魔族でも犬神を倒すことはできなかった。人間や魔族は人間の絶滅を覚悟していた。
だがその時、この世界を創造した精霊の力を用いて、5人の魔族が犬神に立ち向かった。このままでは地球が滅びると誰もが思った。
激しい戦いの末、倒すことはできなかったものの、彼らはようやく犬神を封印することができた。これによって、人間は救われた。
それから犬神は、世界のどこかで人間を絶滅させるための計画を考えているという。だが、封印されているため、それをすることができなかった。
それから時は流れた。その戦いは、神話と呼ばれるようになり、忘れ去られようとしていた。
人間や魔族の築いた文明は発達した。集落ができ、街ができ、人間や魔族は豊かな生活を送っていた。まるであの時のことがなかったかのように。
夏の夜の田園地帯の中、路線バスが走っていた。そのバスは白い塗装に青い帯を巻いている。そのバスは、ここから約10キロ離れたサイレスシティからのバスだ。乗客は決して遠くはないものの、バス以外に交通機関がない沿線の人々にとっては大切な交通手段だ。
バスには、1人の女性が乗っていた。その女性の名は、マーロス・ロッシ。サイレスシティでOLをしている。茶髪のロングヘアーで、黒いスーツ姿だ。
マーロスは肩を落としていた。疲れていた。今日1週間の仕事が終わり、明日から2連休だ。久しぶりに娘と遊べる。表情は疲れていたが、心の中では元気だった。
マーロスはハズというバス停で降りた。マーロスはこのバス停から田園地帯を歩いたところにあるハズタウンに住んでいた。
マーロスは田園地帯を歩いていた。遠くに見えるハズタウンの光以外、何も見えない。とても静かだ。
突然、マーロスは誰かの気配を感じ、後ろを向いた。だが、誰もいない。あるのは暗闇だけだ。マーロスは首をかしげた。誰かにつけられている雰囲気がしたのは、これで何回目だろう。マーロスは少し不安になった。
ここ最近、マーロスは誰かにつけられている気がすることが多かった。だが、そこには誰もいない。マーロスは、自らに迫る危機を感じていた。
その他にもマーロスは、変に思うことがあった。
近頃、変な夢を見る。誰かに捕まえられて、牢屋に閉じ込められ、何もできない。大人になった誰かが陰陽師のような服を着た獣人に連れ去られる。誰かが率いるいじめグループにいじめられる。自分が何者かに連れ去られる。牢獄に閉じ込められる。祭壇に寝かせられて、金縛りをかけられて、巨大な白龍の生贄となる。
ひょっとしたら、自分に身に何かが起こるかもしれない。もうすぐ捕まえられて、巨大な白龍の生贄となるかもしれない。
マーロスはとても不安だった。でも、愛娘サラの前では、そんな不安を忘れることができる。サラの笑顔が自分への励ましだった。
それだけではなかった。目の前に何もないのに、壁にぶつかったような感覚を覚える。透明人間だろうか? それとも何だろう。マーロスはそのたびに首をかしげていた。会社の仲間に言ったが、全く聞いてくれない。マーロスは無視されているかのように思えてきた。
マーロスは再び前を向き、歩き出した。家まであと少し。もうすぐサラに会える。暖かい我が家が待っている。町の明かりが見えてきた。その明かりは歩くたびに大きくなっていく。大好きなサラの待つハズタウンだ。マーロスは元気が出てきた。
その時だった。マーロスの目の前に男が現れた。その男は背広にスキンヘッドで、首には金の龍の絵があるペンダントを付けている。その男は目の前の人を狙っている形相だ。男はとても怖い顔をしている。いかにも犯罪者のような風貌だ。だが、その時マーロスは気づいていなかった。その男が自分を狙っていることを。その男は、別の人を狙っていると思っていた。
男はマーロスの目の前に立った。マーロスは、自分が狙われていることに初めて気づいた。だが、怖さのあまり、何をすることもできなかった。
「動くな!」
男は大声で叫んだ。とても怖そうな声だ。マーロスは震えた。何をされるんだろうと思った。
「何? どうしたの? 事件? 事故?」
その時、後ろから男が近づき、マーロスを捕まえた。マーロスは、後ろに誰かがいるのに気づかなかった。その男は長髪で、サングラスと彼と同じペンダントを身につけている。その男も、とても怖そうな顔をしている。
「何よ! 何するのよ!」
マーロスは抵抗した。だが、逃げることができない。男マーロスを捕まえて離そうとしない。とても強かった。
「離せ! あんた、誰?」
目の前の長髪の男も怖い声をしていた。
「誰かって? それは言えないね。いわゆる、秘密組織なんでねぇ」
スキンヘッドの男は少し笑みを浮かべた。とてもいやらしい表情だ。
「後で言いふらしてやる!」
マーロスは強い口調で叫んだ。
「それはどうかな? 俺たちは秘密組織だぞ。」
スキンヘッドの男は自信気だった。秘密組織の秘密をばらさないことは、簡単だと思っていた。
長髪の男は、マーロスの前に出た。
「うちのアジトに来い! 安心しろ。悪いことではない」
マーロスは怒った。
「離せ! アジトに連れて行って、何をするつもりだ!」
マーロスは必死に引き離そうとした。だが、長髪の男はマーロスをがっちりつかんで離さない。
「それはお楽しみだ。いいから来い。神様の命令だ。ちっとも悪いことではない。世界平和のためだ」
マーロスは抵抗したが、逃げられなかった。その人間は、まるで魔獣のような強さだ。このまま捕まって、殺されるのは嫌だ! 早くここから逃げたい!
「やめて! 何よ! 何が神様の命令よ! 何が世界平和よ! そんな乱暴なことをしたら、神様に失礼よ! あんた、わかってんの?」
神様の命令? どうして神様がこんな乱暴なことを命令するんだろう? もしかして、邪悪な神様? マーロスは思っていた。
マーロスは更に抵抗した。しかし逃げることができない。その男たちがあまりにも強すぎた。
スキンヘッドの男は大きな声で言った。
「それが神様の命令だ。抵抗するな」
「離して! 助けて!」
マーロスはさらに抵抗した。しかし引き離せなかった。
「さっさと車に放り込め!」
「はい、かしこまりました」
長髪の男はマーロスは強引に引っ張った。マーロスを近くに停泊していた白いワンボックスカーに放り込んだ。マーロスは車に乗せられ、両手両足、目、口をガムテープで縛られた。
マーロスはバタつき、悲鳴を上げた。それを見たスキンヘッドの男はマーロスを抑え込んだ。とても強く、マーロスは身動きが取れなくなった。
ガムテープで口を縛られながらも、マーロスは必死で叫んだ。
「助けて!」
だが、誰もマーロスの声に気づいていないようだった。口をふさがれて、何を言っているのかわからなかった。
長髪の男はワンボックスカーのスライドドアを閉めた。誘拐は速やかに行わなければ、誰かに見つかってしまう。早くこの女をワンボックスカーに入れなければ。
「アジトに向かうぞ」
すぐに運転手はハンドルを握り、エンジンをかけた。ワンボックスカーはゆっくり走りだした。
マーロスの悲鳴は、誰にも聞こえなかったように見えた。だが、本当は聞こえていた。その男の恐ろしさにおののいていた。助けようとしたら、殺されるかもしれない。じろじろ見たら、因縁を付けられ、後で殺されるかもしれない。そう思い、助けなかっただけだ。
「アジトでボスに渡したら、礼拝所の牢屋にぶち込んでおけ。後々生贄にする」
運転手は言った。怖い顔をしていたが、冷静な口調で話していた。
「わかりました」
マーロスの行方は、それ以後わからなくなった。警察はマーロスを必死で探した。しかし見つけられなかった。
「確かにこの女だな。教祖様が言われたのは」
運転手は長髪の男に聞いた。
「マーロス・ロッシ・・・、確かにこの女だ。教祖様が早くから目を付けていた人物だ。」
長髪の男はポケットからメモ用紙を取り出し、マーロスかどうか確認した。確かにその女はマーロスだ。
「よくやった。これで偉大なる創造神王神龍(ワン・シェンロン)様も大変喜ぶでしょう」
運転手は白い歯をのぞかせた。任務を達成することができたからだ。
「ありがとうございます、おお我が神よ、偉大なる創造神王神龍様、私を守っていただき、ありがとうございました」
長髪の男は祈りを捧げた。
車はハズタウンを通り過ぎ、雑木林の中を走っていた。町の人々は、その中にマーロスがいることに全く気付かなかった。
「生贄に捧げられるのが楽しみだ」
運転手は笑みを浮かべた。
「早く生贄に捧げて、偉大なる創造神王神龍様に喜んでもらいたい」
長髪の男は運転手と同じく笑みを浮かべていた。
車は山奥に向かった。山奥には彼らのアジトがあり、マーロスはそこから別の車に乗せられて、礼拝所に連れていかれる予定だ。
その時マーロスは、これから何をされるかわからなかった。催眠術をかけられていたマーロスは、静かにワンボックスカーの中で眠っていた。マーロスはどこに向かうか全く知らなかった。
車の行く手には、ワンボックスカーのヘッドライト以外、何も見えない。真っ暗だった。
マーロスが連れ去られてから6日後の夜のこと。
ここはこの世界のとある部屋。その部屋には多くの装飾品が並んでいる。まるで豪邸のようだ。だが、その装飾品はどれも不気味で、悪いことをやっている人の部屋のようだ。
そこは薄暗い部屋で、まるで密室のようだ。奥には多くの机と椅子があり、まるで社長室のようだ。その机の上には、万年筆と数冊の分厚い本、そして、純金の龍の置物がある。その龍はオーブを握っている。
椅子には1人の獣人が座っている。獣人の目の前には、口ひげを生やした男がいる。その男は、先日、マーロスをかくまったアジトにいる。その男は腕が太くて、とても強そうだ。
「マーロス・ロッシの様子はどうだ?」
その獣人は、どうやら彼らのリーダーのようだ。その獣人は陰陽師のような姿をしている。獣人は白い龍の置物を手に取り、なでていた。
「相変わらず興奮しております。私どもではとても手が付けられません。現在は催眠術をかけて落ち着かせております」
男は少し汗をかいている。マーロスの態度の悪さに手を焼いていた。起きているときはほぼいつも暴れていた。出してくれ、出してくれと大声で叫んでいた。
「あいつは、偉大なる創造神王神龍様が特に恨みを持っていた人物だ。早く生贄に捧げないと。ところで、人間狩りは順調か?」
少し笑みを浮かべて、獣人は聞いた。
「はい、本日はエムロックタウンの人間を狩ってまいりました」
男は笑みを浮かべた。人間狩りを楽しんでいるようだ。
「よろしい。その人間をどうする?」
「明日、サイカビレッジの製糸工場に連れていくつもりです。そこで死ぬほど労働させようと思います。」
獣人は厳しい口調だった。人間は死ぬまで厳しい労働をさせなければならないと思っていた。
「よろしい! 死ぬほど労働させろ! 死ぬほど人間をこき使え! 魔族の恐ろしさを思い知らせてやれ!」
獣人は高笑いした。死ぬほど労働させて死なせることはいいことだと思っていた。
「かしこまりました! 教祖様、明日はどちらを狙いますか?」
男はひざまずき、獣人に聞いた。
「明日はアインガーデビレッジとハズタウンを狙え。一刻も早くすべての人間を狩り、重労働させろ! そして、彼らを弱らせ、全滅させろ! 偉大なる創造神王神龍様は愚かな人間の絶滅を見たがっているぞ!」
獣人は高々と笑った。彼らを重労働させ、絶滅させることをよいことだと思っていた。偉大なる創造神王神龍様の望んでいることだと思っていた。
「かしこまりました」
男は頭を下げた。
「よろしい、行ってこい!」
獣人は前を向き、強い口調で言った。
「はい、まかせてください! 必ず人間狩りを成功させてみせます!」
男ははきはきと答えた。
「期待しているぞ」
獣人は笑みを浮かべていた。
「偉大なる創造神王神龍様、どうか我々をお守りください」
少し後ろに下がり、男は巨大な白龍の銅像に祈りを捧げた。その白龍は右手にオーブを握りしめ、空から人々を見下ろしていた。
男は振り向き部屋を出ていった。
獣人は白龍の銅像を見た。白龍はまるで彼らを見つめているようだった。獣人は笑みを浮かべた。まるでその白龍と会話しているかのようだ。
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