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彼女の首骸は
「句っ、何だっ、 今方のは!!」
カフカス王領、ウーリューウ藩にある島城の地下は、天然の鍾乳洞を利用した地下牢の獄宮。
テュルクは、戦慄きながら振りかぶり降ろした、刃の腕を硬直させて呻いた。
「テュルク様!!マイケルは!」
鍾乳洞の奥から宰相と老中が近達を引き連れ、唖然とするテュルクの元に、駆け寄る。
「唖あっ!テュルク様!御身が!」
只今其の最奥。
見上げる程の獄空間に、先程まで浮かび上がっていた大魔法陣は、首から血飛沫を上げるマイケル諸とも、真横に閃光を走らせ 一瞬で消え去ったのだ。
残された、テュルクの白鎧は刃同様に赤く濡れそぼり、彼の銀月色の前髪からも、赤が滴り落ちていた。
「宰相カハラ、老中キプチャク。汝らに命ずる。現状況を汝らの両眼を持ってマイーケ・ルゥ・ヤァングア、斬首消失の執行を認し、録せよ。」
テュルクの言葉に宰相カハラと、老中キプチャクは目を見張った。
「テュルク様、、マイケルを、斬られた、、のですか、、」
宰相カハラのモノクルが鈍く光ると、老中キプチャクは慌てて テュルクの周辺を改めてるよう、裃を勢り立たせて近達に命じた。
「マイケルを!マイーケ・ルゥ・ヤァングアを直ちに!その亡骸を探すのじゃ!!」
此の血潮量では助かるまいと囁く、キプチャクの呟きは聞こえない物として、カハラは未だに地下鍾乳洞の剥き出しの地面を見るのみのテュルクに、
「結局、、マイケルは 本当にスュカ様を、、害するなど愚かな計画を実行するつもり、、だったのでしょうか、、」
長く伸ばした片前髪を震わせ苦し気に問うた。
黒羽根色の髪が、より漆黒に見えるのは気のせいでは無いと近達共は、黙する。
その問答に、キプチャクは眉間に皺を寄せ、
「マイケルも、テュルク様に懸想する 独りの女子であったと言うなら、ありえるじゃろて。」
テュルクに視線をやれば、カハラがテュルクに投げ掛けた。
「なら!!始めから寵愛の情など、、「カハラ殿!やめよ!」」
其れを、キプチャクが被せて言葉を遮る。
「テュルク様は、カフカス王領国、次期王帝の弟君。大公が娘スュカ様を筆頭に婚姻の儀を契る妃候補がいらっしゃる!」
滅多な事を 此所で言うで無い!と、キプチャクはカハラを嗜めた。
近達が 斬首の亡骸を探す中、2人が互いを射るごとく向き合う耳に、『キン』と、反り刃が鞘に落ちる音がした。
テュルクが、一振空を薙ぎって、飛沫を払ったのだ。
其の瞳は先程と違い、酷く確っかりとしている。
「マイーケ・ルゥ・ヤァングア嬢は、斬首と共に其の身体が消失した。亡骸は見つからなき故に、我は撤収する。よいか?」
カハラやキプチャク達に告げると、テュルクは 黒衣のマント翻して、地上への回廊に独り向かうと、足を止めて背中のままに、
「ああ、マイーケ・ルゥ・ヤァングア嬢の部屋を改め、残留物を押収せよ。任せる。」
そう、加えて 近達共に 指示した。
テュルクの前髪から顔へと流れ落ちた血を、 親指の腹で拭う。
歩きながらティルクは、指腹についた其の赤を、徐に舐め取った。
見れば自分の白鎧の胸元にも、鮮血が飛んで染まっている。
テュルクはそれに気が付き、舐めた手で、今度は胸元を撫でた。
4本の指にも ズルリと血の赤が塗られ、テュルクは暫し ベットリと染まる利き掌を、胸の前に掲げてみる。
「何だ、?、痛いじゃ無いか、、」
何が?とは答えを口にせず、テュルクは地下牢の回廊を さらに上へと抜ける。其処には地上への重厚な扉があり、本来は日の当たる煌びやかな城に、似つかわしくない鉄錆を表面に浮き上げている。
関貫に手を掛ける前にテュルクは、赤塗れた手を再び静かに舐める。
「甘美くは、あるわけ無いな。」
と、片目から ふいに涙を流した。
こんな処に迎えに来る筈では無かったのだとの想いが、 雫にと出てしまった。
同時に テュルクは、ゆっくりと理解した。
自分は、死にフラれたのだと。
カフカス王領国の王将軍が初めて、政略では無い恋心を募らせた、一介の女官に。
「死に逝きされて、振られたという事なのだ、ろうな。」
塗れた赤を舐め上げ、すっかり其の身の中に取り込んだテュルクは、地上への扉を開けた。
外に待たせた近衛騎士が、テュルクの姿に驚き寄って来るのを無言の圧で制す。
テュルクは、侍従長の顔を見つけると 低く響く声で 命じた。
「死者への弔いの鐘を鳴らせ。」
「・・・・」
『ガラーーーンガラーーーンガラーーーンガラーーーンガラーーーンガラーーーンガラーーーン
城に備えられた鐘は、弔いの音色を湛えて、島中のみならず、どこまでも 鳴り響いて、其れを知らせる。
島人達が、どこか遠くを見るように聞いている中、
海辺を歩く独りの遍路姿の旅人が
「マイケル、やったのだのぉ。」と、笠をチョイと片手で上げて、高台にある白亜の城を目を細めて見やり、
誰もいないのを見届けると、手にする金剛杖で 空に古代魔法陣を 次々と書き上げる。
そこに手を伸ばすと、そのまま遍路装束の旅人が、白く光る魔法陣に身体ごとスッポリ飲み込まれた。
「さてさて、マイケルお帰り。」
魔法陣を通り抜けた先に佇んでいるのは、首が切れたマイーケ・ルゥ・ヤァングア嬢。
本来の世界では、『マイケル・揚』と呼ばれる令嬢は、ダラダラと首から鮮血を流しながら睨んで、泡を飛ばしながら 叫んだ。
「もう、半分千切れてるのよ!」
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