プロローグ 終わりの始まり 其の一

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プロローグ 終わりの始まり 其の一

 いつだって真実は過酷な現実に一直線に繋がってしまう。  後悔なんてしたって始まらない。  どんな最悪な結果であろうとも、ありのままの事実を受け止めるしかない。  自分の全力を出した結果であるなら、それがなんであれ笑って受け入れろ。反省は次のステップに歩みだす経験値になる。重要なのは歩き続けること。停滞は愚者のすること。せっかくの成長期は一瞬で終わってしまう。だからいまは一生懸命失敗しまくって、いっぱい成長していけばいいのさ。  だって、わたしはまだ十歳。後ろを振り返るにはまだ早すぎる年齢だ。  でも、これは洒落にならない。反省なんてしている場合じゃない。  何故なら、わたしは『死』んでしまったからだ。  いや『殺』されたのだ。  誰に? 強いて言うなら『鬼』たちにである。  もう自分自身を見ることも出来なくなってしまったが、まだ意識がある頃には鬼に右手を食い千切られるのと同時に別の鬼に右足を食い千切られたのを覚えている。  その後はもうしっちゃかめっちゃかに身体を食いちぎられたような痛みを感じて、気づいた時にはずっと暗闇の世界にいる。  ここはただの闇の世界。五感の全てが感じ取れない虚無の世界。  いま自分が立っているのか座っているのか寝ているのか浮いているのか、まったく判断できない。まるで首だけになって海の中を漂っているような感じだった 。  あいつ、ちゃんとうまくやれているかな?  あいつ、あいつってーー?  不意に脳裏を一匹のエゾリスの姿が過った。  だが、それがなんなのか思い出せない。意識の混濁が激しく自分の名前すら思い出せないことに初めて気づいた。ただとても大切な存在のような気がした。  ペット? いや、違う。わたしにペットなんていない。ましてや金のかかる愛玩動物など自分が飼うわけがない。世話も面倒。自分にはお金を貯めてーーをするという壮大な目標があるのだ。  --ってなんだっけ? とても大事なことだったのに。  次第に考えるのも億劫になってきた。  身体は全て骨も一滴の血すら残さず鬼たちに喰らい尽くされたに違いない。  となるといまのわたしは単なる意識の集合体。  それを魂と人はいう。いまのわたしは身体を持たない霊的存在に成り果てた。このままあの世に行くまでこの暗闇の世界でふわふわとしているだけなんだろう。  時間が経つにつれ、意識の混濁が加速する。  まるで暗闇と魂が融合してしまうような錯覚に陥った。  これが『死』か、と素直に受け入れた。  ジタバタしたって始まらない。むしろ、なにかの間違いで生き返ってしまったとしても、死の直前の記憶の限りでは生き返った方が地獄の苦しみを味わうに違いない。    四肢が食いちぎられ、臓物は全て喰らい尽くされ、生首だけになった自分がなにかの拍子に脳内に残ったわずかな酸素のおかげで一瞬だけ意識を取り戻し蘇生。そして一瞬でまた死の世界に舞い戻る。考えただけで恐ろしい。死よりも恐ろしいことは幾らでもあるものだ。  それじゃ、しっかりと死ぬとしますか。どうか来世は大金持ちの家に生まれてきますように。あ、そういえば今年の確定申告まだだった。どうしよう、遅れたら追徴課税されちゃう。  確定申告? なんだ、それ? でも、それは世界を救うよりも大事だったような気がする。  そのとき、まばゆい光がわたしを照らした。  光の中から一匹のエゾリスが必死の形相を浮かべてなにかを叫んでいるのが見えた。  齧歯類ごときが人間の言葉を喋るなんて生意気だぞ、おい。でも見世物にでもすれば金になるかも。じゃあ許す。しっかりと金を稼げよ、我がーーよ。  --だって?  刹那、記憶が奔流となって頭の中に流れ込んできた。  バックアップされていたデータが光の速さで再構築されていくような錯覚を覚えた。  うちのPCもこのくらい早ければ、などと軽口を叩く。  そして、わたしはすべてを思い出した。 「こんなところで死んでる場合じゃないべさよ!!!!!」  文字通りの全身全霊の叫びが闇の世界を引き裂いた。
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