白銀の魔法使い 惨の四(4)

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白銀の魔法使い 惨の四(4)

「ああ、二つ云い忘れていたことが。依頼難度はコードAAA(トリプルA)。依頼内容は登別の地獄化の調査と原因の究明です」  桜花は今日の晩御飯の献立を云うかのようにサラッと云った。  その瞬間、わたしの表情は笑顔のまま一瞬で氷結する。  わたしは一瞬、耳を疑った。  依頼難度コードAAA??? はて、それって、都市伝説化なにかじゃなかったっけ?  ここで少し依頼難度の説明をしておくよ。  わたしが依頼を受けるとき、数段階の依頼難度を設けている。  一番下はランクC。これはちょっとした怪奇現象を祓う程度のもの。料金も数千円から数万円程度。  ランクBはひとさまの命をとらないまでも害を与える悪霊なんかを祓う程度のもの。料金は数万円から五十万円程度。  ランクAはひとを喰らう魔障を浄化する程度。これはピンキリ。大抵は百万円から一千万円程度 (昨日浄化した鬼はランクAに相当するよ)。  その上はランクSなのだが、これが三段階に分けられている。   Sランクのなかでも難度の低いものはコードAと呼んでいる。これは一つの街の人間全員が魔障の危機に瀕している程度を指す。料金は数千万円程度。  次のコードAAは十万人規模の都市一つが魔障の危機に瀕している程度を指す。料金は数億円から十億円程度 (今まで一度も依頼を受けたことはないけれどもね)。  そして、もっとも難易度の高いコードAAAだが、これは国家存亡の危機に相当する程度。料金は想像もつかない。現れる魔障も魔王や魔神のクラスに相当する。っていうか、これはおふざけでつけた依頼難度なんだよ!!! 「ちょ、待て、待てったら!! なんだ、そのふざけた話は!? 聞いていないぞ!!」  わたしは思わず声を荒らげた。 「ええ、聞かれていませんから。故に説明も。それが?」  桜花は悪びれた様子もなく玉露をすする。 「そのふざけた依頼難度と報酬額はさておき、登別の地獄化とはどういうことだ!? 詳しく説明しろ!!」  そのとき、わたしの心の中は桜花に再び騙されたことに対する憤怒などよりも焦燥に満たされていた。  わたしの脳裏に、アズマの姿が過る。  あいつは昨日云った。登別で頻発している魔障事件を調査に行くと。 『地獄化』の言葉を意味するもの。魔術師や魔法使いならば誰でも知っている。  それは一言で『絶望』や『滅亡』の二つの意味を併せ持っていた。  不安と死のイメージがアズマの姿と折り重なった。 『百戦の魔法使い』だなんて大層な二つ名を持つあいつのこと。もしものことなんてないだろう。けれども、万が一、もしものことがあったら……!?  最悪の結末を想像したわたしは顔面を蒼白させる。手が、足が、全身が震え出した。両の腕で身体を抑え込もうとしても、震えを止めることは出来なかった。  桜花はそんなわたしの心を見透かしたかのように微笑すると、 「アズマなら大丈夫ですよ。あのひとがリンちゃんを置いて勝手に死ぬわけありませんからね」とお茶菓子を頬張りながら笑って見せた。  他人事だと思って!! とわたしが反論しようとすると、桜花はそれを遮るように湯呑をテーブルに置いた。  そして、両手を前に差し出すと「ジンマ、来ませり」と呟いた。  桜花の両手の周りが薄く発光すると、そこから小さな人影が現れた。 「ごじゃるー!」と、桜花の掌から現れた小人は小さな叫び声をあげた。  桜花の掌から現れた小人ーー、『お米丸』はわたしの方を見るや否や、胡麻のような小さな眼を綻ばせた。ごじゃるーごじゃるーと、喜色に満ちた声を上げると、そのまま桜花の掌から飛び跳ねてわたしの胸の中に勢いよく飛び込んできた。  お米丸の見上げたつぶらな瞳が、わたしの胸の中に燃え盛った怒りと焦燥の炎を鎮火してくれた。  お米丸は桜花が使役する『ジンマ』である。  掌に乗れる程度の小柄な体躯。胡麻粒のように小さく可愛らしい眼。頭には『米』の文字をあしらった兜を被っている。足先まで伸びた黒髪。身体には何故かスクール水着を。右手には竹光を持っていて、小さな口元からは常に「ごじゃるー」という単語が発せられている。  このお米丸という存在を一言で言い表すならば「可憐の化身」が妥当だろう。  わたしが「いやーん、きゃわいい!! んもう、本当に可愛いでちゅね!」などと赤ちゃん言葉になったとしても、それは誰にも責められないことだ。  うう、本当、なんだ、この可愛すぎる存在は。お米丸の前ではわたしも桜花同様の可愛いものジャンキーに成り果ててしまう。  わたしは、破顔させるとお米丸を何度も頬擦りした。お米丸も丸い目をさらに丸めて気持ちよさそうに「ごじゃるー」とわたしに身を委ねてくれる。ういやつじゃ、もそっとちこうよれ。 『ジンマ』についてちょっとだけ説明するね。    ジンマとは魔法使いだけが使役可能な使い魔のこと。種類は様々だ。神獣や魔獣、武神や魔王なんかを使役する魔法使いだっている。主となる魔法使いのレベルに応じて使役できるジンマの強さは変わってくるんだ。  要するに、強い魔法使いはめちゃくちゃ強いジンマを使役することが出来るってこと。  魔術師や魔法使いの世界では、使い魔を見れば主の程度が知れる、と云われている。つまり、魔術師のレベル判別をするなら使い魔を見るだけでいい。それだけで主の強さを見極めることが出来るってこと。だから、魔術師や魔法使い同士の戦いはまず使い魔を見せ合うところから始まる。その時点で勝敗が決してしまうことだってあるのさ。  魔法使いにはその存在を証明する二つの証がある。  証の一つは各魔法使い家に代々伝わる魔導具。わたしの場合、それは『銀后糸』だ。  そして、もう一つは『ジンマ』。  何故、この二つが魔法使いであることの証明となるのか。それは単に魔術師程度の魔力量ではそのどちらも強大過ぎる力ゆえに制御不可能であるから。魔導具やジンマを所有、使役しているだけで魔法使いであることの証明となる。  つまり、こんなに可愛いお米丸も実は強力な使い魔なのだ。  まったく信じられない話だけれどもね。 「リンちゃんは『例の事件』から『ジンマ』を喪失したままでしたね。微力ながら、お米丸をお供に連れて行ってくださいな」  わたしは思わず「いいのか!? やったー!!」と年相応の子供と同じ声を上げてしまった。 「事件の詳細はお米丸から直に伝わります。待っていて、いま、魔力リンクを施しておきますから」  そう云って、桜花はわたしの額に人差し指の先をあてた。  ビリっと静電気が走ったような衝撃を額に受けた。  刹那、わたしの意識の裡に霊子パネルが出現する。  霊子パネルとは魔法使いのみが使用可能な魔力デバイスのこと。  魔法使いにしか見えない宙に浮かんだ液晶画面のようなもの、といえば分かるだろうか。スマホのように画面を指でタッチしたり滑らせたりして操作することが出来る。それには世界中の様々な知識や情報が詰まっており、『賢者の石』とも呼ばれていた。もちろん、スマホ程度のネット通信や様々な機能も使用が可能だ。魔力消費が甚大なので、そうちょくちょくは使用できないんだけれどもね。だから、携帯端末は市販されているものを別に所持している。  故に、この霊子ネットのことは『賢者の石システム』と呼ばれている。  スマホやPCを数百年くらい進化させたものと思ってもらって構わないよ。  わたしは複数現れた霊子パネルを操作すると、その中からお米丸から発信された情報を見つけ出し覗き込んだ。  それを見て、わたしの心臓は激しく動悸した。 「桜花、これって……!?」  わたしは動揺した心を落ち着かせようと、一度深呼吸をする。それでも落ち着きは取り戻せない。額から一筋の汗が流れ落ちた。  桜花は動揺したわたしを落ち着かせようと思ったのか、満面に慈母の笑みを浮かべると呟いた。 「リンちゃん、慌てる必要はありませんよ。何故なら、世界は古来より常に滅亡の危機に瀕してきたんですからね。今回も、ま、どうにかなるっしょ!」  そう云って、桜花は舌をペロッと口の端の上に出してお茶目に笑って見せた。それには危機感は微塵も感じられない。いや、むしろ危機を感じすぎて開き直っているのか? だとしたらすごい胆力である。わたしには真似できない。こんな情報を知らされた後では。  わたしはお米丸を掌に乗せたまま、天を仰いだ。  どうかこの変態桜花に天罰がくだりますように、と。  ちくしょう、これを知ってしまったら断ることなんかできないじゃないか。  この女はそれを分かっていて、わたしにこの依頼を持ってきたのだ。わたしが絶対に断れないことを。弱みを徹底的についてきたのだ。  契約の無効を訴えることも出来たが、この情報を知った今ではそれも無理だった。  そうこう葛藤しているわたしに、桜花はとどめの一撃を見舞ってきた。 「ちなみに、依頼を断ることもできますが……そのときは契約不履行で悪魔のペナルティーが科せられます」  桜花は舌なめずりしながら云った。呼吸が興奮のために荒くなっていた。 「契約を履行しなかった場合は以前に科した同様のペナルティーを執行させていただきます。それはもちろん」  わたしは桜花の言葉が終わらないうちに抵抗を諦めた。がっくりとうなだれ、死刑執行の言葉を待った。 「絶対服従を条件にした一日デートをしていただきます!!! どんどんぱふぱふ。世界なんかどうなっても、わたし的にはそっちのほうがいいかも、ですが!!? いや、むしろ世界の平和なんか放っておいて、リンちゃんとあんなことやこんなことをする方がいいのかしら……? そうね、そうしましょう!! リンちゃん、あんなことを云った後でアレなんだけれども、断ってくれた方がわたしてきには極楽というか天国というかエリュシオンというか……!?」  桜花の血走った眼を見て、わたしは二つ返事でその日のうちに登別に向かうことを決意した。  わたしはふと、事務所の壁に掛った爆散くんのカレンダーに目線を向けた。  今日の日付は四月一日エイプリルフールだった。    それを見て、わたしは心底『これが質の悪い冗談でありますように』と願ったのは云うまでもなかった。
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