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プロローグ 終わりの始まり 其の二
登別の街が燃えていた。文字通りの地獄の業火が幾つもの火柱を上げて、人や家を焼き尽くしている。周囲からは焼け焦げた人間の脂の匂いで充満していた。
桜花が魔導ギルドの精鋭部隊を率いて現場に到着した頃には、登別の地獄化はもう誰にも止められない段階まで侵食してしまっていた。
そこはもはや人間の住める街ではなくなっていた。
辺りは様々な鬼どもの姿で埋め尽くされ、逃げ惑う人々からは阿鼻叫喚の悲鳴と叫びが響き渡っていた。
桜花を始めとした精鋭の魔術師部隊の面々ですらも、その光景を目の当たりにして嗚咽を漏らさずにはいられない。
生きながら鬼どもに食い殺される男、女、老人、子供たち。
鬼どもに囲まれ弄ばれながら、生きながらに四肢を引き裂かれるもの。
父は家族を救うため自ら犠牲となった。
母は子を逃がすために自らを犠牲に。
幼い弟妹を逃がすために立ち向かう兄。
残された幼い弟妹は別の鬼に生きながらひと飲みに食われる。
年老いた両親を救うために犠牲になる息子。
お互いを抱きしめ合い諸共に鬼に食い殺される恋人たち。
無謀にも鬼に立ち向かい返り討ちにあうものたち。
桜花のすぐ後ろの二等級の若い魔術師が、正義感を露わに鬼たちに立ち向かおうと一歩歩み出る。
「やめておきなさい。それはわたしたちの任務ではありませんよ」
すかさず桜花は若い魔術師を制した。
「しかし、このまま黙って見過ごしているわけには……!?」
「救っても無駄だと作戦ミーティングであれほど云ったでしょう。たとえ目の前で赤子が鬼どもに食い殺されようとも、わたしたちには優先せねばならない使命があることをお忘れですか?」
桜花の柔和な金色の瞳が若い魔術師の正義感を諫めた。
若い魔術師は「申し訳ありません、桜花様」と頭を垂れ二歩下がった。
そのとき、大地を揺るがすほどの咆哮が轟くと、桜花たちは思わず体勢を崩しそうになるくらいによろめいた。
見上げると地獄谷の側にある日和山を背景に大きくそびえ立つ人影が見えた。
それが巨大な鬼であると認識できたのは十秒も経過した後だろうか。
その場にいた誰もが呆然と立ち尽くしてしまっていた。
圧倒的な絶望と恐怖が彼らを支配していた。眼は戦慄き身体は硬直する。数多の怪異と激戦を繰り広げてきた魔術師であろうとも、誰がそれを臆病者と非難できようか。
その一瞬の間だけ、彼らは戦う前から鬼どもに敗北してしまった。
だが、一人の戦乙女の果敢な一声が彼らの呪縛を解いた。
桜花は腰に下げている愛刀『神魔刀』を抜き巨大な鬼に切っ先を向けると吠えた。
「なにを恐れることがある。我らには毘沙門天の加護があるや! ならば有象無象の魔障ごときに散らせる命ではない!『桜花剣聖』の名のもとに若き魔術師たちよ、我に続け。さあ逝こう、一人十殺を胸に鬼どもに正義の刃を突き立てん!」
後ろに続く魔術師たちの目には、ただの少女の姿をした桜花の背中が山のように大きく映った。温かなオーラが後光となってほとばしり、見る者に勇気を与える。まるで女神のような安らぎすら感じた。
桜花の後ろに続くものの中に恐怖を抱いているものは誰一人いなかった。あるのは死を臨みそれを超越せんとする勇者の覚悟のみ。
魔術師たちの咆哮が一斉に轟いた。
「貴方たちは予定通り作戦を実行してください。わたしはあのデカブツをなんとかします」
あの怪物をどうにか出来るのか、と思わず声に出しそうになる魔術師たち。
だが桜花の肩書を知るものならば、もしかしたら、と確信にも似た希望を胸に抱いた。
桜花は愛刀を天に掲げると「ジンマ、来ませり!!」と声高に叫んだ。
次の瞬間、桜花の頭上に蒼の稲妻がほとばしると、その背後に光り輝く巨人が現れる。
桜花はその身を任せるように光の巨人に吸い込まれると、意識を巨人とリンクさせる。
「始祖の魔法使い家が一つ、『桜家』が当主『桜花剣聖』を恐れぬならばかかってくるがいい!!! 我に斬れぬ魔障はないと心得よ!」
桜花の持つ究極の魔法。その名を『神降ろし』。武神を召喚し、その身に宿ることで武神の力を自由自在に操ることが可能である。
まさしくその力は神の如し、であった。
「さぁ、鬼退治と行きますよ!!!」
光り輝く武神の神刀が、巨大な鬼に振り落とされた。
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