白銀の魔法使い 惨の四(2)

1/1
前へ
/11ページ
次へ

白銀の魔法使い 惨の四(2)

「くっ、殺せ……!」  わたしはすべてを諦め、幽鬼のような女にすべてを委ねたのだった。 「リンちゃんリンちゃんリンちゃん、本物のリンちゃんだーーー!!!!」  女の歓喜に満ち溢れた叫びが、室内に響き渡った。 「リンリンリンちゃん、可愛い可愛いリンちゃん! リンちゃんのリンちゃんによるリンちゃんのための、とにかく可愛いリンちゃん! ああ、もう、食べちゃいたいくらいよおお!! いい? 頬擦りしてもいい? 残念、もうしちゃいました!!」  女はわたしを背後から抱きしめると、まず右頬を激しく頬擦りする。その次は左の頬を。再び右頬、左頬と交互に激しく頬擦りをしてきた。  その後のことはもう覚えていない。なにをされたのか、想像するだけでおぞましい。脳が記憶を拒否しているかのようだった。覚えているのは「ヒャッハー!!! 今日はリンちゃん祭りよーー!!! もう、たまんないわ!!!」という耳障りな声だけ。  わたしがようやく我に返った頃には全身涎塗れになっていた。  うう……また汚されてしまった。酷い疲労感と脱力感だけが後に残っていた。  アズマから聞いた魔導ギルドからくるお偉いさんという言葉。その時に気づくべきだった。そのお偉いさんのトップに君臨しているこの変態のことを。 「おかげさまでリンちゃんを存分に堪能することが出来ました。これであと一か月はリンちゃん成分を補給せずに済みそうです。心からの謝意を」  着物の変態女ーー、桜花は満面に喜色をたたえながら云った。  見ると、こけた頬が丸みを帯び、青白かった肌はみずみずしさを取り戻していた。顔色には生気が満ち溢れ、喜色とともに艶々としていた。っていうか、なんで突然若返っているんだよ、こいつ。化け物かよ。  あの地獄の後、わたしと桜花は長屋内にある事務所に場所を移していた。  桜花はソファーに腰を落ち着けて自分で煎れた緑茶をすすっていた。  一方のわたしはというと、向かい側のソファーに倒れこむように寝転んでいた。すべての体力を奪われ思うように身体が動かすことが出来ない。全身を激しい疲労感に支配されていて瀕死の状態だった。 「リンちゃん、先程からお疲れのようですが、寝不足ですか? いけませんね。夜更かしは自律神経を乱し子供の成長の阻害にも繋がります。夜は早く寝ないといけませんよ」  誰のせいだと思っているんだ、この変態着物女。  わたしは桜花に向け、まなじりを吊り上げると、心の裡で呪詛を吐いた。  この着物の変態女ーー、桜花の説明をしておこうか。本当は嫌なんだけれどもね。  わたしの桜花に対する評価はたった一つ。 『天敵』という言葉がもっとも相応しいだろう。  とにかく苦手、大の苦手なんだ。姿を見れば脱兎のごとく逃げ出すくらいには苦手だ。  正直、もう一生会いたくもなければ関わり合いになるのもごめんだ。  桜花は魔法使い家の一つ『桜家』の当主にして『剣聖』の二つ名を持つ魔法使いだ。  しかも、桜家は序列第二位『剣聖』の魔法使い家でもある。とにかく偉くて由緒ある家だ、と思ってくれればいいよ。  外見年齢は18歳くらい。    え? なんで外見年齢なのかって? だって桜花は年齢不詳だからだ。  べつに若作りをしているわけじゃなくってね、もう自分の正確な年齢を覚えていないのだそうだよ。  一つ付け加えておくと、桜花は初代当主にして現当主でもある。だいぶ長生きをしているようだね。本当に人間か、こいつ?  一番古い記憶が『源平合戦』だって云っていたのを本人から聞いたことがあるけれども、真偽は分からない。というか興味がない。実年齢なんてどうでもいいことだよ。レディーに年齢を聞くのは失礼なことだからね。これでこの話はおしまい。さ、次だよ、次。  桜花の容姿を一言で表現するならば長身痩躯で容姿端麗の絶世の美女、である。とにかく物凄い美人という意味だよ。  目鼻たちがはっきりとした顔立ち。透き通った白い肌 (わたしほどじゃないけれどもね、えへん)。黒く澄み渡った宝石のような瞳。八頭身の体型は知らない者が見れば有名なモデルと勘違いするほど完璧なプロポーションをしていた。薄紅色の長い髪を後ろでまとめ、頭の右上には手毬と桜の髪飾りをつけている。そこから溢れる魔力から、それがなにかしらの魔導具であることが伺い知れた。  現在、桜花は世界中に展開している魔導ギルドの日本支部のトップを務めている。  魔導ギルドってなにをするところだって?  簡単に説明すると、みんなが平和で穏やかに暮らせるように世界中で魔障をやっつける仕事をしているところだよ。  その存在は一応、秘密とされている。ま、どのみち、魔障を見ることも感じることも出来ない一般人にその秘密がバレたところでどうなるものでもないんだけれどね。  とにかく魔導ギルドや魔法使いは世間から秘匿された存在であるということ。  ちなみに、アズマは桜花の指揮する直属の部隊に所属している。支部長直属っていうくらいだから、あいつも結構偉いみたいだね。どうでもいいけれども。  そして最後に桜花の魔法の説明をしよう。  桜花は『剣聖』の二つ名を持つ通り剣の達人だ。使用する魔法は剣術に魔法を融合させた『魔刀術』と呼ばれている。そして、桜家はすべての魔法使い家の中でもっとも戦闘に特化された魔法使い家であり、所属する魔術師も皆、歴戦の(つわもの)ぞろいなのだそうだ。  当主の桜花の戦闘能力は人間の領域を遥かに逸脱していた。かつて、日本の国に魑魅魍魎や悪鬼羅刹が跋扈していた時代、魔障の頂に君臨していたとされる魔神をたった一人で倒したというのだ。噂だけれどもね。っていうか、それ、いつの時代だよ? まさか平安時代とか云わないよね? 深く考えるのは止しておこうか。桜花に対しては考えるだけきりがないんだ。謎が多すぎてね。  桜花の持つ霊刀『神魔刀』は、そのとき倒した魔神の力が宿っているらしい。  悔しいけれども、桜花は美人で人望もあり、欠点のない完璧超人であることは周知の事実だ。  ただし、桜花の本性を知る者はあまりに少ない。  ご存知の通り、桜花はロリコンなのだ。ショタコンでもある。とにかく可愛くて小っちゃいものが好きすぎる症候群にかかっている重篤患者なのだ。  だから、わたしは、桜花のことが世界で一番苦手だ。会えば必ず先程のように欲望の赴くまま暴虐の限りを尽くしてくるんだから、こっちはたまったもんじゃない。なにかいい防衛手段はないものだろうか。  その時『警察』という単語がわたしの脳裏を過ったのは云うまでもなかった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加