001

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 ここに、一枚の絵が完成する。  この瞬間をこの十年何度も体験した。もはやこれは日常であるわけだが、この瞬間はいつだって言葉では言い表せないほどの達成感と幸福感を味わうものだ。  しかし、この絵だけは。この絵が完成したこの瞬間だけ、私は今までに感じたことのないほどの"多幸"と"悲しみ"を覚えた。 「結局、十年もかかってしまったな……」  目の前にいる彼女へ向かって、そうつぶやく。  黄色い花の花畑。その先で朧気(おぼろげ)(たたず)む風車塔。その手前に立つ、麦わら帽子の彼女の姿。赤茶の髪が風になびく彼女の表情は、麦わら帽子に隠れてうかがい知れない。ただ一つ見ることができる口元からは笑っているようにも悲しんでいるようにも受け取れる。私には彼女がどんな感情でいたのかわからない。  これは、私が忘れられないあの時の光景。  忘れてはいけない彼女との思い出。  この絵は数日の(のち)にある画廊の展覧会にて展示される。私としては、この絵はそんなところヘ出さずにきちんと保存しておきたいところだが、そんなことをすれば私は彼女に一時間ほど小突(こづ)き続けられることだろう。  私はしかたなく"展示はするが売却はナシ"という条件のもと、この絵を画廊へ展示することにした。なんて生意気な画家だろう。自分でもよく分かっている。しかし、今までの功績と貢献をふまえれば、この程度のわがままは許されるものだ。  私は痛む腰をさすりながら立ち上がり、アトリエの隅のクッションに落ちている携帯電話を拾った。画面を立ち上げ、受話器のアイコンをタッチする。電話帳の数少ない番号の中から目当ての番号を探し当て、相手は仕事中であるだろうが、お構いなしに電話を掛けた。
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