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 呼び出し音が三回なり、相手が電話に出る。今日は少し忙しかったようだ。 「もしもし……あーうん……まぁ仕事中だとは思ってたよ……まぁとりあえず描けたから……うん。じゃあ六時に……」  手短に要件を伝え、私は携帯電話の赤いボタンを押した。  そして、もとのクッションの上へと携帯電話を放り、壁にかかっている時計を見る。  午前十一時二十一分。  ちなみにこの絵を描き始めた時間は午前十時四十分あたりだ。昨日の。 「ねむ……」  連続二十五時間勤務。ブラック企業も良いところだろう。  普通の企業と違うとすれば、これは私の自由意思による残業であり、なおかつ従業員は私一人であるということ。画家という職業は難儀(なんぎ)なものである。  私は窓際に置かれ薄茶色のソファへと倒れこみ、照明以外なんの特徴もない天井を見上げた。  お客人が来るまであと約七時間。私が寝付くまでの時間や客人を迎える準備……あとその他もろもろ。それを踏まえても六時間くらいは眠れるだろうか。  私は小さく息を吐いた後、重い(まぶた)をゆっくりと閉じた。  真っ暗闇な瞼の裏。そこに映るあの日あの時あの瞬間。  私は基本、過去は振り返らないタイプであるが、今日ばかりはそんなことも言ってられないらしい。次々に溢れる思い出に(ふけ)りながら、私は小さく「ふっ」と微笑んだ。      〇
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