「武装して心霊スポット~地図にない場所~」

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 「全く、ヒデェ目に遭ったよ」 そう言って、友人の“T”は疲れたように笑う。どうやら、今回は相当“ヤバかった” 様子だ。彼は漫画やアニメにミリタリーオタク、そして重度のホラーマニアである。 恐怖動画に写真、書籍を網羅するのは勿論の事、心霊スポットや夜中の墓地にだって行く。 挙句の果てに、自分の趣味と実益(?)を兼ねた、とんでもない事をやり始めた。 以下はTの口上である。 「ホラー映画とか見てるとさ。いつも疑問に思うんだけど、絶対悪霊いる場所とか、魔女の住まう森に行く連中に限って“武器”持っていかないよね。銃大国であるアメリカですら、 そうだぜ?あれは絶対可笑しい。足がないから無効とか、霊体は駄目とか、理解できない。 だって、自分の命に関わる事だよ?無駄だとわかっても、何か持っていくだろ?文明人なら」 彼は実行した。最初は金属バットに木刀、それが段々とエスカレートし、最後はサバゲーで使用する迷彩服にエアガンを持ち、さながら“特殊部隊”のような恰好で心霊スポットや 曰くのある廃墟に同好の士を引き連れる“武装心霊スポット巡り”を始めた。 この活動と言うか、乱痴気な行動は2014年辺りから始まり、2018年に下火となる (完全に辞めてはいない) Tによれば、同行したメンバーの何人かが、音信普通、他県を跨ぐ引っ越し、転勤、挙句、突然の喧嘩別れなどで離散した結果だと言う。 罰当たりな行為に原因があるのではと思うが?(そもそも、心霊スポットに行く事自体、 あまり、褒められた事ではない) Tは全く気にしなかった。 「たまたま、重なっただけだろ?」 とあっけらかんとしている。そんな彼なので、時には単独、または飲み屋等で知り合った オタク仲間(彼はそういうモノが集う場所を嗅ぎ分ける鼻がある)で“臨時部隊”を 編制し、今でも何かしらの活動を行っているそうだ… 前置きが長くなった。これは、彼が月に数回の“宅飲み”で話した事を文章に起こしたモノである。次章からの体験記の前に、念のため、注意書きを添えておく。読むかどうかの判断は読者に一任したい。 ※Tの体験を始める前に、これだけは注意しておく。読後、または読書中に 「出たかった…」 「出れたよ…」 という囁き声、もしくは、はしゃいだ声を聴いた方は何かしらの対処を自身に行ってほしい。 そ・れ・は・間違いなく・そ・こ・に来ている…    12月の深夜、筆者の部屋に来たTは序文のように笑った後、手酌で秘蔵の日本酒を注ぎ、ポツリ、ポツリと話し始めた。  いやー、色々あったせいで、俺達のスポット侵攻もだいぶ少なくなったけどさ。俺としてはやっぱ、まだまだ暴れたい訳でよ。だから、お前に話さなくなった後も、遅番明けの ダチの車使って、グロック片手に乗り込んだりとか、細々だけど、色々やってた訳だよ。 そしたら、今度の“流行り病”だろ?あれのせいで、居酒屋禁止、イベント禁止、 アキバも禁止、いや、これは関係ねぇか?もう何だかオタク、とゆうか俺、ピンチでね。 リモートとかあんま好きじゃないのよ。やっぱ直接顔合わせたいじゃん?でも、人とは 距離をなんて、無能のお上が言うから仕方ない。だったら、 「霊体と!よし、心霊スポット行こう」 ってなった訳よ。幸い、LINEとかSNSで仲間とは連絡とれてたし、俺と同じように “何かしたい”って奴は、いっぱいいてね。まぁ、こんなご時世だから、皆外出たいよね?って事で総勢7人のメンバーが集まった。 俺は、これを二つのチームに分けた。 “アルファ”と“ブラボー”カッコいいだろ? アルファは俺と小松(こまつ)、平岡(ひらおか)の3人(全員仮名) ブラボーはナベさん、トミー、小田百さん、部長Gさんの4人… ブラボーチームの人達は全員、即売会とか、サークル飲みで知り合った人達でね。何で 分けたかは後でわかる。 とにかく、そんな感じで令和第一回の“武装侵(ぶそしん、武装して…の略称自称)” が始まった訳だよ…  “場所”を決めたのは平岡だった。と言うより、奴は最初からそこに目を付けていた 節があった。 「画像検索のストリートビューで映らない場所がある」 そう言いながら、アイツは宅飲み中に昔の地図を引っ張り出してきて、俺に見せた。 そこには山の中、入り組んだような所に赤い点が記されている。 しばらく眺めて突っ込んだよ。 「お前、これ、元号が昭和じゃん!だいぶ古くねぇっ?」 「ああ、俺の懐古趣味は知ってるだろ?昔、酒飲みながら、地図とストリートビューで 確認して“へぇっ!こんな所までグ〇グル撮影しに行ってるよ”とか言って盛り上がったな。こっちは今でもそれをやってる。自粛で暇だったからな。そしたら、これを見つけた」 地図には病院と記されている。結核患者とかの療養所だったと平岡は言う。 「調べてみると、明治辺りは炭鉱で栄えたけど、昭和初期に閉山。その跡地、炭鉱の入口辺りを中心として、療養所を建てたみたいだな。更に昔の郷土資料によると、人員不足のため、陸軍の医療部隊も戦争後半には常駐していたらしい。 その後は日本における最後の療養所閉鎖の平成25年まで、記録上では存在があった。 だけど、住所とかの記載はない。その影響か、それとも別の意図か、古地図には載ってるけど、ストリートビューには出てこない。画像を見ると、入口に当たる部分に薮、明らかに、意図的に群生させた竹藪が作られてて、道が塞がれてる。そもそも、この地図自体、神田の古書市のまとめ買いに挟まってた奴だ。 さっきの説明にしたって、ネットと図書館で調べた奴の合わせモン、いくつかの媒体をクロスオーバーしないと、この場所は出てこない。 地図には無い場所、消された空間だ。どうだ?面白いとは思わないか?」 俺が即答したのは、言うまでもなかった… 「R山の奥に入る山道を右に曲がった所ですね。そこなら、私達、近所ですよ」 ナベさんからの連絡は非常に好ましいモノだった。T達が現地に向かうには、前日からの 出発である。小松だけが不定休のため、彼には休みを取ってもらう必要があった。もし、 これで何もなかったら?T達の活動をいつも妨げる難題だ。 だから、事前に調査してもらい、本当にその場所があるかの確認をしてもらうのは 非常に助かる。更に朗報は続く。 「もし、平岡さんの言う療養所跡があるなら、どうでしょう?私達が先に調査し、後から 来るTさん達にアンブッシュ戦(待ち伏せ戦闘)を仕掛けるのは?」 願ってもない話だった。小人数の活動では、特に何も怪異が起こらない場合… (起きた事がある話についてはまた、別の機会で…) 彼等としてはBB弾をばら撒く罰当たり行為をするしかない。最も、何をするにしても、 罰当たりである事に変わりはないのだが… 存在しない場所でのサバゲー、今までにない、心躍る戦いが期待できそうだ。話はすぐに まとまった。 日時は週末の金曜、アルファチームはR山に車で向かう。到着は翌日土曜午前… ブラボーチームはこちらの到着2時間前に現地入りし、状況を確認後、アルファに結果を 一報。到着と同時にゲーム開始の流れに… T達は久しぶりの外出に心躍らせ、その日を待った…  「確認しておきたいけどさ。ブラボーのメンバーは俺、顔知らないからさ? 説明してくれよ。どんな人達なんだ?」 助手席の小松が愛銃のⅯP-5SⅮ3(短機関銃)の200連弾倉に弾を込めながら喋る。 運転中の平岡はナビにご執心…朝方の道路は道が空いてるとはいえ、間違えないための 注意をしてくれている。 結果、答えるのは、自然と俺の役目になる。 「皆、同人とか創作サークル、一部サバゲー好きの…俺等と対して変わらねぇよ。あっ、 でも小田百さんは女性だったな。確か…」 ここで“ヒューッ”とか口笛でも吹こうモノなら、B級映画スラッシャーに殺され確定の 馬鹿面子だけど、そこはオタクの俺達…妙な盛り上がりもない。 変な沈黙を破るように俺のスマホが鳴る。 「おっ!ナベさん、無事、現地入りしたぞ。竹薮見つけたって」 「早いな、後は建物があればだな」 「あるよ。そのためにここまで来たんだ」 小松の展望的発言に平岡が口を尖らす。俺は送付された竹藪の写真を見つめる。 少し手間はかかりそうだが、何とか入れる事はできそうだ。 その後、俺達が竹藪に到着するまで、ナベさん達からは連絡が無かった。LINEで連絡しても、既読が付かない。多分、施設を無事見つけて、探索に夢中なんだろう? という事でまとまったが、可笑しいと気づくべきだった。本当に…  先行予定のブラボーチームのモノと思われる車は目的地の傍に止まっていた。T達は装備を身に着け、薮へ足を踏み入れる。先に入った者が道を作ったのか?竹藪の中は難なく 進む事ができ、すぐに平坦な道へと繋がった。 「あったぞ」 平岡が指さす先には、蔦とヒビの入った茶褐色の建物が見えている。 「ブラボーは、もう施設の中だな。ゲーム開始って事でいいのか?」 建物に続く5~6個の靴跡を確認した小松が肩から銃を下ろす。 「前方、敵1名!」 平岡が呟き、こちらを見る。Tは建物側から進んでくる人物とスマホとを見て、首を振った。 「撃っていいんだよな?」 「待て、何か変だぞ?開始連絡もないし…」 小松の確認をTは制す。自分達に距離が近づくにつれ、相手の様子がハッキリしてきた。 ガスマスクを付けているので、誰かはわからないが、迷彩柄に装備を付けた恐らく ブラボーチームのメンバーの1人… だが、その手には、エアガンではなく、錆びた銃剣(小銃の先につける近接、突撃用の武器) が握られている。 「ナイフアタック(ゴム、もしくは竹光での突きがありのゲーム)は禁止でいいよな?」 「そーゆう問題じゃねぇだろ。何かヤバいって、おーい、そこの人」 声をかけたのが不味かった。ふらつき、頭を左右に振っていたガスマスクがピタリと止まり、唸り声と銃剣を振り上げて、駆け出す。 小松が“ヒュッ”と息を吐くのと、平岡がACR電動銃を撃つのは同時だった。甲高い機械音と一緒に吐き出される高速のBB弾が相手にぶつかり、ビシビシ音を立てるが、 向こうは怯まない。 「おおおおおおっ!」 錆びた切っ先が先頭の小松に迫る瞬間、Tが怒鳴り、持っていたAKライフルの 銃床でガスマスクを殴りつけた。 そのまま吹っ飛び、地面に転がる相手を小松と平岡が押さえ付け、Tがマスクを引っぱがす。 「こりゃ、トミーさんだ、トミーさん?おーい、トミーさん?」 「ゾ、ゾンビ戦(サバゲーのゲームの一つ)じゃないっすよね?一体、どうしたんですか?」 平岡と小松の声に、放心状態の男性、ブラボーチームの“トミー”はT達を見回した後、 訳のわからない事を叫び、2人を突き飛ばし、薮の方へ、駆けていく。 「な、何だっ?ありゃっ、ちょっとキメてる系か?」 「馬鹿っ、錆びた銃剣で切られたら、破傷風だ。冗談でやっていい事じゃない。 遊びじゃないぞ。小松!完全にヤバい。どうする?T?」 「ああっ、クソッ…とにかく、残りのメンバーを探そう、いいな?」 「マ、マジ?でも、トミーさんはどうする?」 「薮の方へ…出口へ向かった。多分、大丈夫だ。行くぞ」 全員が異様な興奮状態だった。午前の明るい時間帯、妙に静まり返った山の中で T達、アルファチームの面々は一瞬、顔を見合わせた後、全員が恐怖を振り払うように、 施設へ向かって走り出した…  役に立たねぇ、玩具の銃をお守りみたいに構えて、走る事数分…俺達の前に病院風の建物が見えてきた。その前に立つ、ガスマスク付けた長髪の姿もな。旧日本軍の制服でバッチリ キメた彼女に俺達は 「小田百(おだひゃく)さん!」 と叫んで駆け寄った。こちらをゆっくり振り向いた小田百さんは頷き、 「他の人は?」 と叫ぶ俺達に対し、施設入口を指さす。 「何だよ…?これは…」 ドアには鎖が何重にも巻かれていた形跡があった。しかし、それは全て外され、 地面に落ちている。オマケに光が全然届いていない室内は状況不明…なのに、 複数の多分、二人くらいの人間が忙しく動き回っている音がしている。 「ど、どうする?」 こっちを見た小松の声は震えている。俺だって怖かった。だけど、行かねぇとよ… 企画者は俺だし…だから… 「馬鹿野郎、こーゆう事目当ての俺達だろ?ビビッてんなら、残ってろ!行くぞ」 って無理に怒鳴って“えっ?俺?”な顔の平岡連れて、中に飛び込んだ。そんで頭に付けたライトを頼りに室内を進み、埃とガラクタの掻き分けられた先に、でっかいドアに撒かれた鎖と板を剥がそうとしている、2人組を見つけた訳だよ。 「ナベさん、部長!何やってんですか?」 声をかけるが、反応がねぇっ、どかそうと肩に手ぇかけたら、凄い勢いで突き飛ばされた。 埃の海に沈む俺の後ろから平岡が飛び出し、2人を横から覗き込んで悲鳴を上げた。 「ど、どうした?」 「泡拭いてる、目んたまうぇ…正気じゃねぇっ!」 俺と同じようになった平岡と2人の前で、ドアが軋み始めた。こちら側の板を剥がしたせいじゃない。あれは、内側から何かが出ようとして、ドアを押してる感じだった。 やがて、上の方からゆっくりドア板が裂け、頭二つ分くらいの場所に真っ黒な空間が出来る。 向こうとこっちが繋がったそこに、血走り、視点の定まってない、いくつかの 目が縦に並んだ時、俺と平岡は悲鳴を上げて、2人の生身のうなじにBB弾を叩き込んだ。 「うわっ、い、いたっ、ひ、ヒットオォ?」 なんて、マヌケな声を上げてるブラボーチームを押しのけ、絶叫継続中の平岡と一緒に 辺りに散らばった板をドアに叩きつけ、こーゆう時を想定して(俺達、武装侵だからな) 用意した金槌と釘でドアを塞ぐと、全員を連れて、外に飛び出す。 後ろから何か聞こえたけど、無視、無視!実際、そうでもしないと 本気で可笑しくなりそうだった。 車まで、一目散に行こうとする俺を平岡が止め、小松も手伝わせて、ドアを鎖で縛り、 元の状態に戻した。思わず叫んだよ。 「んな事やってる場合じゃねぇっ!」 ってな?そしたら、奴は… 「俺達は“無かった場所”に道を作り“ある場所”…存在する場所にしちまった。 だから、あいつ等が……ここを地図から消した、塞いだ奴等も同じ事考えんたんだ。 竹藪も、皆出たら、塞ぐぞ?全部元に戻すんだ。じゃないと大変な事になる」 妙に落ち着いた、だけど、力のある平岡の声に、ヤバい事になったのを、改めて認識したよ。 震える足をどうにか、進め、ブラボーのメンバーと一緒に竹藪を抜けた。 2台の車の前で膝抱えてるトミーを車に押し込み、平岡が薮を元に戻している間に、 小松と俺はブラボーチームの車に乗る事にした。 メンバーはどいつも放心状態だったから、運転の必要があったし、俺達の車は、後部座席に銃のケースとか広げたままで、すぐに乗れるのは運転席と助手席だけだったからな。 だから、平岡には運転を伝え、ブラボーの中で唯一、きちんと立っている小田百さんに 助手席に乗ってもらう事にした。俺達の指示に、マスクを着けたまま、小首を傾げる彼女は “乗っていいの?”みたいな雰囲気を醸し出していたけど、それ所じゃねぇっ! 「大丈夫!ちゃんと合流先は決めてあるから、とにかくここから出ましょう!」 って声に、しっかり頷いてくれた。 そうして、作業を終えた平岡がエンジン入れたのを確認し、俺達は山を下りたんだ…  合流先である、山から少し離れたコンビニの駐車場で、どうにか落ち着いたナベさん達に 事情を聞くと、彼等はアルファチームに連絡を入れた後、竹薮を進み、療養所跡を見つけた。 でも、ドアは鎖でがんじがらめの状態…指示を仰ごうとした部長Gに、ナベさんが 「誰か見ている」 と建物の上部分を指さし、そこでトミーは顔面、残りは首筋に痛みを感じるまでの記憶が 無いのだと言う。 「やっぱり出るトコはあるんですね」 と言う、ナベさんの生々しい発言に、全員の背筋が再び寒くなったと言う。 「今回の事は結構、懲りたぜ」 と話すTに、私は新しい酒を注いでやり、コップを押しやる。しかし、Tは、それを受け取らず、こちらを見上げた。 「だけど、本当にヤバかったのは、この後なんだよ…」…   平・岡・の・車・が・戻・っ・て・こ・な・い… LINEに入れても、電話鳴らしても、反応がねぇっ、その内、山の方に向かって救急車と 警察の車が走っていく辺りで、全員顔を見合わせた。 悪い予感は的中、奴さん、病院に搬送されてた。アイツの家族から俺に連絡が入った。 すぐに病院の番号聞いて、かけたよ。 受付のねーちゃんは、命に別状はないって事と、何でも、見通しの良い道で急に、右ハン切って、対向にぶつかったって言う。そしたら、助手席ヤベェじゃん? 俺はビックリして、何度も聞いた。でも、相手は大丈夫、大丈夫の一点張り… いや、大丈夫じゃねぇよ。助手席アウトだろ!可笑しいじゃん?俺は正直キレかかってた。 その内、ナベさんが困り顔して、俺の隣きてよ… 「あの…Tさん、平岡さんは無事って言う事ですし、もう、その辺で、お店の人も こっち見てますから…ねぇっ?…」 「(正直、この野郎!って思った) で、でもナベさん、助手席には小田百さんも乗ってるんですよ?心配じゃないんですか?」 あの時の顔は今でも思い出す。鳩が豆鉄砲みたいな、ポカン、呆気にとられた、同時に泣きそうなが、混ざった変な顔で、アイツは言ったよ。 「‥‥‥‥あの…Tさん、小田百は今日、来てないです」 「はっ?」 「急なキャンセルです。だから、ブラボーチームは3人、私達が正気づいた後、 アルファの皆さん、何か可笑しかったです。誰もいない所に“早くっ”とか、 “助手席にっ”とか…今、ようやく意味が…」 言葉途中で口元を抑え、蹲るナベさんの前で、俺は呆然と佇みながら、そう言えば、 飲み会で会った小田百さんは長髪ではなく、短髪のボブカットである事を思い出していた…  以後は平岡を見舞ったTと平岡のやりとりである。 頭に包帯を撒いた以外は(それで充分だが…)異常がなさそうな平岡は、窓を終始見たまま、 静かに口を開いた。 「言い出しっぺの俺が気づくべきだった…小松が確認したブラボーチームの足跡の数… 彼女の旧日本軍のスタイル…資料で見た特別医療部隊そのものだ。あんな装備、市販されてないし、軍装ショップに、マニアだって滅多に持てるもんじゃない。なのに俺は…」 T達より少し遅れて、平岡は車を出した。念のため、スピードを落としての後方確認、 殿を務める気だったと言う。 一応、隣の小田百さんにも状況を説明し(読みやすさの為、この表記のままで記す) 許可を得たと言う。彼女は何処か楽しそうに肩を揺らしながら頷き、外の景色を見ていた。 ガスマスクは付けたままだったが、冷静になろうと努めていた平岡に 気にする余裕はなかった。やがて、民家が見え始め、人のいる場所へ戻ってきた辺りで、 彼は小田百さんに、ブラボーチームに何があったのかの質問を始める。 満足した答えは得られなかった。彼女は、時々頷いたり、首を横に振るだけで、言葉を 発しない。余程怖い事があって、喋れないのか?そう思った平岡は話題を変えた。 「それにしても、あそこにいた、いや、自分達が見たんですけど、その…あの人?達は 一体どうしたかったでんしょう?…」 答えは期待していなかった。だが、予想に反して、囁くような声が隣から聞こえてくる。 「‥‥かったの」 「えっ?」 「……たかった」 「あの、小田百さん?…」 こちらの問いに、自身の声が聞こえないと悟ったらしく…そう平岡は解釈している。 彼女はゆっくりマスクを外し、こちらに顔を近づけてきたと言う。 「ど、どんなかお…」 「聞くな!!」 思わず畳みかけるTを叱るような大声で平岡は遮る。そのまま頭を抱えて、しばらく黙り、そのまま震えながら話を再開する。 「あれから、時々聞こえるんだ。嬉しそうな女の声で“出たかったの”とか“出れたよ” って声がな。その度に思い出す、あの、凄い……すご…い」 「もう、止せ。終わりにしよう」 自分の声も震えている事が悟られないよう、注意しながら、彼を説き伏せたTは 病室を出ようと立ち上がった背中に声がかかる。 「なぁっ!T…」 振り向く彼に、泣き笑いのような顔で(実際に泣いていた)平岡が妙に明るく言った。 「俺達…一匹、外に…出しちまったなっ!」…(終)
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