第一章 学び舎に八重桜が笑む

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 私が入学した和敬(わけい)大学は、東京の三軒茶屋という場所にある。  もともとは女子大だったが数年前に共学になった。今もキャンパス内は女性の割合が圧倒的に多い。  オリエンテーションで2年生の女子から聞いた話では、「男子は滑り止めでしか受験しない」とのこと。加えて「この大学に入学した男子学生は、本命の大学に落ちた人ばかりなんだよ」とも。  同じ学科の1年生は「大学で出会いを求めるなんて幻想だった」とぼやいていた。  この大学では、自分の所属を学部名ではなく学科名で言う。  学部は、人文学部と社会学部のみ。私の所属する日本文学科と、先程会った掃部(かもん)の歴史文化学科は人文学部に属する。  掃部は、この大学を滑り止めで受験して、本命の大学に不合格だったのかな。  女の子みたいに大きくくりっとした瞳が、まだ脳裏に焼きついている。  次に姿を見たときは間違えない自信があった。  4限が終了し、板橋のアパートに帰る。  学生専用だというアパートは、狭いけど新しくて綺麗だ。  家賃等は決して安くないけれど、母の方が気に入って契約した。  母に甘えていられない。できるだけアルバイトしなくては。  「のんちゃん!」と声をかけられた。  他大学に通う3年生、松山ありささんだ。 「のんちゃん、おかえり! 皆で夕飯食べない?」  気さくな笑顔につられ、私は「ぜひ」と答えてしまった。 「じゃあ、7時にうちの部屋に!」  小柄なのに元気いっぱいの松山先輩は、風のように向こうに行ってしまった。  そういえば、私は持ち寄れる分の食料品をストックしていない。  急いで近所のスーパーへ行き、お総菜やペットボトル飲料を買ってきた。  ちなみに、「のんちゃん」は私のあだ名だ。  苗字が野村だから「のむちゃん」だったのだが、すぐに「のんちゃん」に転じてしまったのだ。
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