第一章 学び舎に八重桜が笑む

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 19時。松山先輩の部屋には、私を含めて6人集まった。 「のんちゃん、わざわざ買ってきたの? 気を遣わなくていいのに」  他の先輩がフォローしてくれたが、その先輩はキッシュを人数分買っていた。  「実家から送られてきた」という大根を煮て、鶏そぼろのあんかけまでしてくれた先輩もいる。「ださくてごめんね」と謝られたが、むしろ料理ができて尊敬に値する。 「私は食べ物をストックしていなかっただけですよ。買い物する良い機会でしたし。ほら、『降らずとも雨の用意』と言いますし」 「それ! 聞いたことがある! 何だっけ、ことわざじゃないんだよね?」  いつも明るい松山先輩は、博識だ。ことわざじゃないことまでは思い出している。 「思い出した! 千利休だ!」  そして、思い出すのも早い。 「『茶は(ふく)のよきように()て』だよね?」 「そうです。『炭は湯の沸くように置き』」  茶は服のよきように点て  炭は湯の沸くように置き  花は野にあるように  夏は涼しく冬は暖かに  刻限は早めに  降らずとも雨の用意  相客(あいきゃく)に心せよ  これは「利休七則(りきゅうしちそく)」といって、16世紀の茶人・千利休が弟子に教えたものだ。  お客様が飲みやすいように適度な湯加減と茶の分量でお茶を点て  炭は火がおこりやすいようにして  夏は涼しさを、冬は暖かさを演出し  約束の時間を守る  雨が降らなくても傘を準備し  お互いを尊重し合って茶を楽しむこと  直接的にはそういうことになるが、もっと突っ込んで考えるとこうも言える。  お客様に心を込めて茶を点て、お客様はその心に感謝して茶を頂き  お茶をおいしく頂ける温度に保つ心遣いをし  野に咲く美しさと自然から与えられている生命を()けるという心構えで  自然と仲良く暮らし、季節の移ろいやその恵みに感謝し  早めに準備すれば(おの)ずと心にゆとりができて相手の時間も大切にでき  日常の稽古に励めばそれが自信となって何事も自然な心で行えるようになり  お互いを尊重し合って茶を楽しみましょう  私は調子に乗って講釈してしまった。  でも、先輩達は「ほおー」と目を丸くする 「千利休の言ったことって、今でも通用するんだね。しかも、茶道以外でも」  よかった。理解のある人達だ。 「のんちゃん、茶道やってたの?」  そう訊かれ、私は正直に「はい。高校の部活で」と答えた。  高校の茶道部に入っていた。最初にもらった入門書は、繰り返し読んだ。  いくらお稽古を積んでも上手くならなかったけど。  上手くならなかったけど、やめたくない。  大学でも茶道を続けたい。 「のんちゃん、頑張れ!」  松山先輩が、カップラーメンをくれた。運よく、一食をゲットした。感謝感謝。
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