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足の運び方は覚えていた。
お盆を瓶掛の前に置いたら、一度出て建水を持って来る。
お盆を持ってお客様の方へ向き、建水を左膝に進める。
大丈夫。覚えている。
他の手順も、多分合っている。
でも、つい手が逆になりそうになる。日常生活では気にすることがないが、茶道では気にしなくてはならないから。
お茶杓を持つ手が震えてしまう。
「お菓子をどうぞ」とすすめる声も裏返ってしまい、お棗を開けて抹茶をすくおうとしても、上手くすくえない。2匙茶碗に入れるのだが、2度全く掬うことができず、4回同じ動作をしてしまった。鉄瓶のお湯を注ぐのも、おっかなびっくり。
お茶筅を右手で持ち、左手で茶碗を押さえ、お茶を点てる。
裏千家では、お茶の表面は細かい泡を敷き詰めるように点てるのだが、私はいつも池のようにまだらになってしまう。
やばい。悔しい。
正客(一番客のこと)役の先輩は何も言わずに飲んでくれたけど、言わなかっただけだ。鼻で笑われた。
使った道具をお盆の中にしまいながら、目の周りは火が噴きそうに熱くなる。
やっぱり、駄目だった。
「はい、大丈夫です」
先生の声がかかったところで緊張の糸が切れ、いけないとわかっていても涙が出てしまった。
「ごめんなさい、全然できなくて」
いいえ、と先生は首を横に振る。
「野村さん、左利きなのね」
周りの先輩達がどよめいた。動じないのは、正客の先輩だけだ。
先生はお見通しだった。
私は、左利きだ。
茶道は、ほとんどの動作は右手がメインになる。
左利きであっても、お茶筅やお茶杓は右手で持ち、帛紗も右手で使う。
礼儀作法の流派では、使いやすい方の手を使う、と言われているが、茶道では言われない。
もしかしたら、利き手がメインでも可という時代が来るかもしれない。
でも、その風潮は今のところ皆無だ。
「左利きだなんて、全然わからなかった。野村さん、上手いよ」
先輩のひとりが言ってくれた。お世辞じゃないみたい。目が赤くなっている。
「一回一回の動作に心がこもっているように見えて、真剣にやっているのがわかったよ。……あの子には、私から言っておくから」
あの子、とあごで示されたのは、正客の先輩だった。早くも炉点前のお稽古を受けている。
部活動の終了時間である18時までいさせてもらって、三原早苗と一緒にキャンパスを出た。
「野村さん、今日はありがと。一緒に頑張ろう?」
ね? と小首を傾げられ、私はまた目頭が熱くなってしまった。
私はまたお茶をやって良いんだ。
茶道部にいても良いんだ。
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