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 盛大な宣戦布告を受けてから三日が経つが、いまだ野洲が何かをする気配はない。それどころか普通に高校生活を楽しんでいるように見える。時期と発言から同じ貉の人間であることは間違いないのだが、野洲という家名は聞いたことがない。恐らくは偽名だろう。  不良高校と名高い地元校に通っていたと聞いていたが、案外馴染んでいる。一部の生徒からは清潔感に欠ける容姿として反感を買っているようだが、それもいつまで続くことやらだ。暗殺者たるもの、目立つ容姿はご法度。良すぎても悪すぎてもダメだ。俺も家長から「変装をするな」と言い含められていなければもっと地味に装った。野洲家(仮)もそれは同じはず。とくれば野洲のあれは完全に愉快犯だろう。生徒たちが嫌そうに顔を顰めるたび口元がにやけている。  まったく質の悪い。思わず溜息を落とした。 「副会長、溜息なんてどうしたの」 「んー、ほら。生徒会もそろそろ本格始動するからさ。書類仕事増えるんだろうなって」 「ああ~、間違いないね」  頷く会計にもう一度溜息を落とす。今度は書類仕事に向けたものだ。城戸は俺に苦笑を零すと、休憩しようかとパソコンを閉じる。 「あ、そういえば実家からクッキー届いてたんだ。食べるか?」  食べるなら取ってくると首を傾げる城戸にぎくりとする。取ってくる? 部屋に戻ってる間に野洲と遭遇でもしたらどうするんだ。 「会長の家から届いたクッキー? 絶対おいしいじゃん!」 「たのしみ」  コクコクと頷き同意を示す書記に、城戸は腰を上げる。 「取ってくる」 「っ俺も行く!」 「いやいいよ。一人で持てる量だし」 「……そうだよね」  一人で運べないクッキーなんてそうそうない。執務室を城戸が出ていくなり、机に頭をぶつける勢いで突っ伏す。書記がおろおろとしている様子が視界の端に見えるがスルーする。  今頃野洲に鉢合わせたりしていないだろうか。野洲が城戸に近づく様子はないが、警戒を緩めるためのカモフラージュかもしれない。あんな悪目立ちする格好で校舎を闊歩しているのは、愉快犯などではなく変装して城戸に接近した際、同一人物だと気付かせないためかも。考えだしたらキリがない。  そもそも、俺はどういう立場を取るつもりなのだろう。自分でもよく分からない。東雲が受けた依頼である以上、野洲に城戸を殺されるのは困る。だから城戸の動向を気にかけているかといえばそうとも言い切れないのだが。  ただなんとなく、城戸が殺されるのは嫌だなと思う。 「やっぱり俺も行こうかな」 「副会長、心配性だね」 「すぐ、かえってくる」  癪だが、書記の言葉通り城戸はすぐに帰ってきた。執務室に入るなり振り向くと、城戸が訝し気に眉を顰める。不思議がっているのを察した会計は「副会長ったら心配して立ったり座ったりソワソワしてたんだよ」と笑ってみせる。 「クッキーが楽しみだったんだよ。紅茶でも淹れようか」  適当に誤魔化し視線から逃げる。執務室には簡易なキッチンスペースがある。とはいえこんなところで本格的な調理などできるはずもなく(こんなところでなくとも料理などできないのだが)、ここでされることといえばもっぱらお湯を沸かし紅茶を淹れることくらいだ。  やかんを火にかけお湯を沸かす。棚に仕舞われている缶は六種類。ダージリン、アッサム、セイロン、ジャワ、ニルギリだ。前三つは聞いたことがある。ジャワは……ジャワ島とかのあれだろう。ジャワカレーとかの。スパイシーな香りがしそう。正直紅茶に関してはど素人もいいところなので味の違いは勿論、正しい淹れ方なんてものも分からない。取りあえずお湯にティーパックをお湯に浸せばいいと思っている。 「紅茶を淹れる役なんて買って出るんじゃなかった……」  手前にあったアッサムの缶の蓋を開け、呆然とする。ティーパックじゃない、だと……?! なんだこれひじきか? いや分かってる、紅茶の茶葉だよな。煮出せばいいのか?  いや待て落ち着け。煮出すのは違う気がする。ポットにぶち込んでみよう。お湯を注ぎ込むと茶葉が不気味にぶわりと広がる。ぷかぷかとお湯に浮かぶ様子に、フムと頷く。多分これ、やり方間違ったな。薄々察しつつ色身の出てきたお湯をカップに注ぐ。あ、やべ。茶葉出てきた。仕方ない、後でお箸で取り除こう。成功を装い続けてポットを傾ける。あれ、中身はまだあるのにお湯が出てこない。口の部分を見ると、湿ったひじきが詰まっている。ひくりと頬が引き攣る。は、早く証拠隠滅しなければ。  一先ず詰まったひじきを中へ押し込むため、お箸を探す。……ないな! 水道水でも流し込むか? 「副会長?」 「………、何かな」  悩んでいると、後ろから会計が顔を出す。そりゃま、これだけ時間がかかっていたら不審にも思うだろう。会計の気配には気付いていた。同時にこの惨状を隠す術がないことにも気付いていた。ぷかぷかとひじきの泳ぐカップに、口が詰まりお湯の出ないポット。惨い。絶句する会計に手遅れと知りつつポットを隠す。 「副会長……、紅茶は俺が淹れるね」 「任せた」  速攻である。 ***  城戸と俺はクラスが違う。成績順にでもしてくれれば同じクラスになれたのに、きっちりしっかりランダムなのだ。参ってしまう。因みに件の野洲明は俺と同じクラスだ。見張りやすさの点からいうとありがたい話ではある。……いや、だから俺はどの立場の人間なんだ。 「東雲! 一緒に組もうぜ!」  体育の柔軟。特段近くもない場所にいた野洲が意気揚々と近づいてくる。めんどくさいことの気配を察知。 「……いや、俺山田くんと組むから」 「山田ッ! 代わってくれるよな!?」  いつもペアになってくれる山田くんは曖昧な返事で野洲から逃げる。分かるぞ、学園に編入して一か月も経たないうちから色々と問題を起こしてる奴とは関わりたくないよな。因みに俺も同じ気持ちなんだぜ、知ってた?  野洲は顔を俯けクッと笑う。 「見捨てられてやんの」 「お前、性格悪いな」 「アサシンの性格がいい筈ないだろ?」  そりゃま、確かに。柔軟のため背中を合わせる。同業者に背中を見せているのかと思うとぞっとする話だ。野洲が前屈するとぐぐぐと背中の筋肉が伸びた。 「それで? どうするんだ」  唐突な問いに口を紡ぐ。他の生徒の賑やかな声がまるで異世界のよう。否、この学園に来るまでは正しく異世界の出来事だったのだが。  どうする、にかかる言葉は城戸の暗殺になるのだろう。どうする、どうする? そんなの俺が一番知りたいことだった。 「殺すに、決まってる」 「これまでずっと傷一つ付けなかったくせに?」 「……様子見してただけだ」  一般人の何をそんなに様子見てたんだか。  聞えよがしな声に歯噛みする。うるせぇとばかりに前屈すると、野洲の背筋がぐいと伸びた。 「俺が殺すか、東雲が殺すか。楽しみだな?」  背中の野洲が、楽し気に笑った。
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