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食堂に入ると、会長さま、副会長さまという高い声。あまりの目敏さに苦笑する。隣を見ると、同じような表情の城戸がいた。
「役員席行くか。階段上れるか」
「ごめん、厨房経由してエレベーターを借りてくれないか。上れないことはないけどちょっときつい」
「あ、そうか。分かった」
厨房の奥にあるエレベーターで二階の役員席に向かう。城戸は椅子を引き俺を座らせる。ごめん、と頭を下げると軽く手を振り向かいの席に座った。何を頼む、と電子パネルを真ん中に置くと、城戸はきつねうどんを注文した。いつもそれだな、と思うも口には出さない。生徒会役員に選出されてから一週間。いくら今まで密かに見張っていたから知っているとはいえ、付き合いの浅い俺がそれを言うにはあまりに不自然だった。何を食べよう、とパネルをタッチする。迷った末に俺もきつねうどんを注文した。
「……へぇ」
「? どうした」
意外そうに俺の指先を見つめる城戸にゆるりと尋ねる。パスタとかサラダとか食ってるイメージだった、と宣う城戸に苦笑する。それはそれは……お前の中の俺は随分気取った奴らしいな。
「お前、王子って呼ばれてるから」
「そういう城戸は帝王っぽいけど」
「ふは、なんだそれ」
届けられたうどんに手を合わせ、食べはじめる。半分ほど食べすすめたところで、城戸はそういえば、と口を開いた。
「一週間後に編入生が来るらしい」
「へーぇ。そりゃまた微妙な時期に」
「急に決まった編入らしいからな。どうせコネだろ」
「身も蓋もないことを言う」
本人の前では言ってやるなよ、と言うと、城戸は当たり前と笑う。それにしても、編入か。一年前、編入生としてやってきた時のことを思い出す。家長に星森学園の編入試験をパスするように命令され、無事学園に入学した俺は一つの使命を与えられた。『生徒として学園に潜入し、城戸与市を殺せ』と。長くかかってもいい、という珍しい言葉に目を瞬かせたことをいまだ鮮明に覚えている。
じゃあ、と言葉に甘え、いつでも殺せる距離感を保ちながら殺さずやってきた。いつでも殺せる、からまだ殺さずにいように変わるなんて。知っていたら無駄に遊びはしなかったのに。
ごちそうさまでした、と手を合わせる城戸に目を眇める。編入生が裏の人間である可能性は、状況からして恐ろしく高い。箸をどんぶりに置き、手を合わせる。このぬるま湯のような生活もそろそろ頃合いということか。編入生が仕事のデッドラインを伝えに来た俺の家の者か、はたまた俺の仕事の遅さにしびれを切らした依頼主が新たに雇った奴かは知らないが、この生活がもうすぐ終わることだけは確かだった。
「東雲。編入生は俺が迎えにいく」
城戸は水を飲み、溜息を吐く。いや、と間髪入れずに拒否すると、彼は不思議そうに片目を見開いた。
「編入生は、俺が迎えにいくよ」
「でも、足が……」
「大丈夫。いつも任せっぱなしじゃ悪いからね。後で資料だけくれるかい」
ね、と微笑むと、城戸は眉を顰めながら頷いた。気遣うような表情に、不器用な、と嘆息する。他の者が見れば今の城戸は折角の厚意を足蹴にされて不機嫌になっているように見えるに違いなかった。
城戸のコップに水を注ぐ。袖に潜ませていた瓶から薬品を垂らす。
「ほら、追加の水。要るだろう?」
「ああ。ありがとう」
強面の顔の目元をくしゃりと緩ませ、水に口をつける城戸。ん、と瞼を重そうにしはじめた城戸の頬に手を寄せた。
「ほら、新学期始まって疲れてるんだよ。少しは休みな」
「ああ……。そう、しようかな」
ふぁ、と欠伸をし机に突っ伏した城戸に、俺は潜ませていた瓶を二本取り出す。一本は、睡眠誘導剤。そしてもう一本は、毒薬。
殺す、つもりだったのに。瓶を間違えた、なんて見え透いた言い訳では、自分自身でさえ騙せそうにはなかった。
編入生が来るまで、あと七日。
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