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 野洲(のす)(あきら)。編入してくる一年生。一か月前まで通っていた高校は、隣町の不良高校。嘘か本当か分かったものではないが、どのみち、碌な奴ではない。屋上から校門を見る。門を登ろうとした編入生は、門番に厳しく咎められていた。微かながらに屋上まで届くほどの大声で編入生は反論する。双眼鏡で様子を覗くと、編入生の姿が大きく目に映る。ぐねぐねとうねっている癖の強い髪の下からは、白く曇った眼鏡が僅かに姿を現していた。  不意に、その眼鏡の向こうの眼がこちらに向けられた、気がした。反射的に身を隠す。身を半分隠したまま、目だけもう一度編入生に向ける。彼は、もうこちらを見てはいなかった。嘆息し、立ち上がる。編入生の様子を窺っていたせいで待ち合わせ時間を三十分ほどオーバーしていた。門番を見ると誰かに電話を掛けていた。まずい、このまま放っておけば城戸に連絡がいってしまうかもしれない。そうなれば編入生との邂逅を退けた意味がなくなってしまう。彼のことだ、俺の足に何かあったのだと思い編入生を代わりに迎えに来てしまうだろう。  俺は屋上のタンク裏に回る。裏庭に人影はなかった。足を地面に踏みならす。うん、快調。屈伸をし、伸びあがると、ぽきぽきと背骨が鳴った。──行くか。  フェンスを乗り越え、屋上の縁に立つ。膝を曲げ、壁を滑り降りる。体の傾きが大きくなる寸前で、足に力を入れ、木へと飛び移る。杖の枝に当たる音が聞こえるが、そんなことで折れる品ではないので気にせず幹を滑る。途中、横に大きく伸びている木の腕を掴む。鉄棒の逆上がりの要領で勢いのまま一回転し、スピードを殺す。そのまま手を放すと、地面からは微かな音がした。  パンパンと制服に付いた葉を叩き落とし、門へと向かう。左足を引き摺り、杖を右手でつく俺に、門番は、あ、と声を漏らした。 「副会長さま」 「すみません。遅れました」  君もごめんね。  編入生に声をかけると、彼は沈黙を挟んだ後、ニパッと笑んだ。 「うん!! 謝ったから許してやるよ!! 俺は野洲明!! お前は?!」 「俺、……私は、東雲志門。この学園の副会長をしています。理事長室に案内しますのでついてきてください」  大きな声とリアクションに一瞬戸惑うも、自分のすべきことを思い出し案内する。編入生は「はぁい」と幼い口調で大人しく俺の後に続いた。 「東雲!!!!!」  必要以上に大きな声に呼ばれ振り返る。呼び方を改めさせようと開いた口は、彼の目の鋭さに息を呑むことになった。 「お前が、東雲の跡取りか」  呆然としている間に、グッと襟首を引き寄せられる。大したことねぇな、と呟いた口は、俺の唇へと静かに重ねられた。 「……は、」  触れるだけのキス。唇は、数センチの距離で、言葉を紡いだ。 「城戸与市は、俺が殺すよ」
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