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「めっちゃ邪魔するじゃん」
隣から野洲の疲れ果てたような苦情が聞こえる。
現在お昼休み中。ゆっくり考えられる時間が欲しくて城戸から離れたが、野洲を野放しにするわけにもいかず屋上まで引っ張ってきた次第だ。あれ、ゆっくりってなんだったかな。
「……よりによってターゲットと付き合うか? 普通」
呆れかえった調子の野洲に、言葉も出ない。城戸との距離感も変わらないまま、あの日から一週間が過ぎようとしていた。変化を強いて挙げるのであれば、逐一同行することで城戸の一人行動を減らせたことくらいだろうか。
ついてこなくていいと城戸に断られそうになるたび、「付き合っているんだから」と強引に丸め込んでいるが、付き合うとはどういう状態を指すのか、その実俺が一番理解していなかったりする。
「うっさいな。よく分からない状況に陥ったのはお前のせいでもあるんだ。どうしたら円満な交際が実現するか、一緒に考えてもらうからな」
「学園の王子がそんな乱暴な理論を振りかざしてるなんて知ったらポメラニアンたちが泣くぞ」
「そんな馬鹿みたいなミスはしない。いいからお前もひねり出せ。ほら、あるだろ? 色仕掛けしたこととか。いい案出せよ」
チビだし女装して油断を誘った仕事とかあっただろ、絶対。
「うっせ、色仕掛けは得意じゃねーの。人のことを言う前に我が身を振り返れっての。お前だってガキの頃に任務で女装したりしただろ?」
揶揄った調子で話す野洲の顔面を鷲掴みする。
「俺は、嫌なことはすぐに記憶から消す質なんだ」
「ほばっひゃよ」
「分かってもらえたようで何よりだ」
野洲は解放された頬を擦りながらぶつぶつと文句を言う。
「俺そんな間違ったこと言ってないだろ。ターゲットと付き合うならどのみち色仕掛けしかねぇんだし。それともなにこいつ、真っ当に付き合おうとでも思ってンの?」
「あ~うるさいうるさい。真っ当にとか思ってません~! 俺はただ、」
言いかけて口を噤む。なぜ単なる恋愛ごっこに力を入れようとするのか、俺自身も答えを持っていなかった。
野洲ははぁと聞えよがしな溜息を吐き立ち上がる。
「そもそも俺は早くお前が振られて城戸がフリーになることを祈ってンだからアドバイスする筋合いなんてないね」
ごもっとも。
正論だけど……なんだろう、こんな悪目立ちする格好をした暗殺者だけには言われたくないというか。ターゲットに速やかに近づく技量だけを考えると野洲は結構な実力者に違いないのだろうと思うが、なんとも素直に認めづらい。
「そろそろか」
野洲が唐突に呟く。空気が変わる。うっそりと笑う野洲はまるで蜘蛛のような妖しさを纏っていた。何が色仕掛けは得意じゃないだ。嘘つきめ。
こちらに歩を進める奴に警戒し、立ち上がる。後退り、距離を取った俺に野洲は「なんで」と演技がかった甘い声で訴える。
かたん、と物音。
ドアの向こうに、人がいる。
「副会長、俺じゃダメですか」
ドア向こうの人影が足を止めたのが分かった。
「副会長、俺副会長が好きです」
野洲が自身の手の甲に口づける。チュというワザとらしいリップ音は、奴が告白した後に唇を奪った情景を想像させることだろう。
――はめられた。
人影は足早に遠ざかる。恐らく音の主は城戸だろう。これで俺が城戸に別れを告げられでもしたら、野洲は城戸暗殺の機会を得る訳だ。
まったく、面倒なことをしてくれた。
歯噛みする俺に野洲が笑う。
「ほぉら副会長。油断するからァ」
言ったじゃん。
「城戸与一は俺が殺すよって」
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