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エピローグ
「狭いねえ。」
母がぼそっと呟く。
結婚を数日後に控え、わたしは新居の賃貸マンションに私物を実家から運んでいたのだ。
「ふたりだから、なんとかなるよ。子どもができるまでにお金を貯めて、庭付きの一戸建てを買うから それまでは我慢しなきゃ。」
「そのぶんだと、孫の顔なんか当分拝めそうもないね。」
そんな会話をしながら、作業をしていたが一段落した時に母が手荷物のバッグから わたしの母子手帳を出してきたのだ。
「これ、渡しとくよ。」
母子手帳をペラペラとめくると、最後のページに変なメモが貼り付いていることに気がついた。
「これ、何?」
「ああ、それは…」
母の話を要約すると、こうだ。
わたしが産まれた日、ひとりの老婆が道に迷い うちに紛れ込んだ。痴ほうの徘徊かと慌てているうちに、その老婆が倒れてしまった。とりあえず、うちの空き部屋に寝かせていたのだが、その老婆は母の所に来て、無くさないように母子手帳に貼ってほしいと、このメモを渡した。そして、老婆はそのあと姿を消した。
「何それ。で、お母さんはその得体の知れないおばあさんの言うとおりにしたってこと?」
「それには理由があるんだよ。」
「理由?だって、名前もわからないんでしょ?」
「ううん。名前は言ってたらしいよ。お父さんが聞いたから。でも覚えてるかどうかはねえ。」
「じゃあ、名前はいいとして、その理由って何なのよ?」
「あの目がなんだか切実に訴えてたんだよ。」
「そんな曖昧な理由なの?」
「でも、あんた、これ見てどう思う?」
母が折り畳まれたメモを開く。
そこにはわけのわからない内容の文章が書かれてあった。しかし、それ以前にわたしはその字に釘付けになった。
「これって、わたし?」
「やっぱりそう思うだろ?」
そこに書かれた筆跡は鑑定などしなくてもわかる。汚い癖字。それはわたしの字だった。
偶然で片付ける方がムリがある気がした。
「私の頭はまだボケたりしてないからね。これはあんたが産まれた時に貼り付けたもんだよ。」
意味がわからない。その字も文章も。
それから、わたしは母とあれやこれやとその不可解な手紙の解読を試みた。
この度はありがとうございました。
記憶も戻りました。短い
間、でしたが、お世話になりました。
しん、せつ、な人たちのことは忘れません。
か、たこりや腰痛には、気をつけて下さい。
う、がいも、大切、です。
な、きたい時、は、なけばいいと思います。
では、さようなら。
「これって、やたら点が多いよね?点の前の字だけを拾うとか?」
やってみたが、さっぱり意味をなさない。
「行の頭の文字だけ繋げるとか?」
それも変な文章になる。
「『間』から読むとか?」
「『間しん』?『ましん』?これって、『麻しん』すなわち、はしかのことじゃない?」
「麻しん買うな?はしかに気を付けろってことかな?母子手帳に貼ってるんだし。」
━チョットイミガチガウ━
「お母さん、今なんか言った?」
「ううん、何も言ってないけど。」
END
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