わたしに遺したい物

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わたしに遺したい物

しかし、たいして痛みは感じないし、血も一滴も出ていない。 「私の体、どうかなったの?!」 「いいえ。この包丁は私が開発した最新グッズです。ほら、例えばトマトを切る時なんか、汁が飛び散ったりすることありませんか?人参を細切りしていてもまな板がオレンジに染まって汚れた経験があるでしょう? この最新の包丁はそれが全くありません。切られた物もストレスを全く感じないわけです。それで、まあ、人間に試したのは初めてですがね。そうですか?痛みも感じませんか?」 未来は満足そうな笑みを浮かべた。 「でもだからと言って、死なないわけではありません。そうですね、死に至るまであと10分程度ですかね。いろいろと私に協力してくれたので、あなたの遺体は現代の自宅に返すことにしましょう。」 何を言っているのかよくわからなかったが、とにかく私には時間がないらしい。 これから死ぬという実感はなかったし、未来のことは憎くて仕方なかったが、あと10分でできることを私は、またもや回らない頭をフル回転して考えた。 「未来さん、最期にお願いがあります。母に手紙を渡したいのです。」 「そうですか。まあ、いいでしょう。ただし、それが未来を改竄すると私が判断すれば却下させてもらいますよ。」 「はい。」 私は部屋の中にあった大学ノートの1ページを破いて、ペン立てに突き刺してある中からボールペンを取り出した。ペン先がつぶれていて書きにくいがそんなことは言ってられない。 私は書き上げた手紙を未来に見せた。 この度はありがとうございました。 記憶も戻りました。短い 間、でしたが、お世話になりました。 しん、せつ、な人たちのことは忘れません。 か、たこりや腰痛には、気をつけて下さい。 う、がいも、大切、です。 な、きたい時、は、なけばいいと思います。 では、さようなら。 「汚い字だし、やたらと点が多いですね。まあ、文章力の採点はどうでもいいことです。 時間がありません。早くこれを渡してきてください。ただし、変な動きをすれば即刻死亡ですし、手紙も破棄ですがね。」 未来はそう言って、私の脇腹から包丁を抜いた。もちろん、血は出ない。パックリと裂けてはいるが、母は気づかないだろう。 私は部屋を出て、母に言葉を添えて手紙を渡した。母はなぜか驚きもせず、快く受け取ってくれた。私は急いでさっきいた部屋に戻った。 どうか、くれますように。 そう祈りながら5分後、私は永遠の眠りについたのだった。
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