ep.2 酔狂ゲーム

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 ――放課後。  どこか人気がない場所がないか探している内にあっという間にこんな時間になる。  やはり五十嵐が言っていたことが関係しているのか、どこに行っても誰かにつけられたり先客がいたりと岩片と二人きりになれる場所がなく、結局俺はクラスメートの地味な男子にセクハラを仕掛ける岩片を無理矢理引き剥がしそのまま学生寮の自室まで戻ってきた。 「ったく、ハジメったら本当に気がはえーんだから。そんなに俺と二人っきりになりたかったのかよ、寂しがり屋さんめ」  その解釈はおかしい。誰が寂しがり屋さんだよと口の中で呟きつつ、俺は「取り敢えず座れって」と岩片を促した。まあ、二人きりになるのを狙っていたのは事実だけども。隠していたつもりだが、やはり無意識の内に行動に出ていたのだろう。 「なんだよ、座るの? 対面座位?」 「お前本当そればっかだな。岩片に大事な話があるんだよ」 「……ようやく俺にケツを差し出す気になったか」 「大事な話って言われて人のケツ云々言い出したやつは初めてだわ。ってもう話逸らすなってば、真面目な話だって、真面目な」  あまりにも話が進まないことに焦れた俺は頬を引き締めそう続ける。相変わらずにやにやと口許に笑みを浮かべた岩片は「わかったわかった」と笑いながらソファーに腰を掛けた。 「なんだよ、言ってみろよ。ちゃんと聞いててやるからさ」  ようやく本調子に戻ったようだ。にやけ面は変わらないが、それでも人の話を聞ける状態になってくれるだけでもましな方だろう。  小さく息をついた俺は「わかった」と呟き、目の前の岩片に目を向けた。 「……というわけ。だから、今のところ書記には返事を保留している」  五十嵐彩乃から聞いたことを全てそのまま岩片に説明した俺は「書記と協力するかどうかに関しては岩片の判断に任せるから好きなようにしろよ」と続ける。  一応既に能義と揉めたことも話したが、勿論乳首云々の辺りは省いた。  話し終え、ちらりとソファーの上の岩片に目を向ける。終始微妙な顔をしていた岩片はうーんと唸り、そして、口を開く。 「つーかさあ、一つ聞いていい?」 「なに?」 「なんでお前書記と仲良くなっちゃってんの?」  そう、いつもと変わらない調子で続ける岩片の言葉に全身が強張った。  そこじゃねえだろ。 「成り行きだよ、成り行き」 「成り行きなあ。俺がいないところで随分楽しくやったみてーじゃん」 「…………」 「出たダンマリ」  言い返したら言い返したで文句言って来るのはどこのどいつだよと口に出しそうになるのを堪えつつ、俺は「とにかく」と強引に話題の軌道修正を計る。 「どうすんだよ。念のため転校先考えとくか」 「あ、話逸らした」 「岩片」  そう名前を呼べば、岩片は「はいはい」と笑う。 「んーまぁ取り敢えず転校とか考えなくていいから」 「……真面目に?」 「真面目に。だって楽しそうじゃねえか、ゲーム。俺さあ、ギャンブル好きなんだよね。見るのもやんのも」 「いいのか? 俺たちは賭けのネタにされてんだぞ」 「だからなんだよ。寧ろさあ、俺らがその賭けの勝敗握ってるってことじゃん? 生徒会のやつ全員負かすことだって出来るんだよな。……そういうの、すっげぇ興奮するんだけど」  僅かに頬を紅潮させ、乾いた唇を舌で舐める岩片に俺はやれやれと肩を竦める。  相変わらず、悪趣味極まりない。ここまでくると、目の前の瓶底眼鏡の青年が頼もしくすら見えてきた。そう感じる俺も相当なのだろう。 「あんたがギャンブル好きなのはわかったけど、いいのか? 書記から聞いたけど前は色々大変だったらしいぞ、狙われた方も」 「ああ、なんだハジメ、俺の尻の心配してくれてんの?」  誰がなんのためにわざわざ遠回しに聞いてやったんだと思ってるんだ、こいつは。  相変わらず恥の欠片も感じさせない岩片に言葉に詰まるが、俺が口を開く前に岩片は「大丈夫」と口許に下品な笑みを浮かべる。 「そのためにお前がいるんだろ」  まあ、そうなりますよね。 「はははっ! ハジメすっげー顔になってんぞ。まあ、お前が嫌だっつうんならさっさとリタイアして適当な役員に『好きです』でも『愛してる』でも適当に言えばいいだけだからそんな難しく考えなくてもいいんだからな。その書記が言ってることが本当ならそれがゲーム終了の合図なはずだからな。一番平和的な終わり方だ」  そう矢継ぎ早に話す岩片は一息つき、「ことなかれ主義のハジメ君にはぴったしだな」と笑みを浮かべた。  確かに、それが一番楽だろう。そして俺が望む平和的やり方というのにも変わりない。それを理解した上でやっすい挑発をけしかけてくる岩片に、俺は笑い返す。 「俺、本当に好きな人にしかそういうの言わない派だから。安心しろよ」 「……はっずかしいこと言うなあ、お前」  お前に言われたくない。岩片相手に真面目になった自分が情けなくてもう恥ずかしさでいっぱいになった。 「まあ、ハジメがどこまで有言実行することが出来るか見物だな。いやーワクワクしてきた、ついでだし俺らも賭けるか」 「賭け?」 「そ。ハジメがリタイアするかしないかみたいな」 「俺と岩片がどちちがとかじゃなくてか」 「あーダメダメ。そんなんやったら俺が優勝しちゃうじゃん」  自分がなにをされても生徒会に屈しない自信があるのだろう。呆れたように即答する岩片に俺は一種の感心すら覚えた。 「だから、ハジメがリタイアするか最後まで我慢できるか。楽しそうじゃん」  俺を見たままヘラヘラと笑う岩片に、俺は「賭けるものは?」と促した。  問い掛けられ、岩片は「うーん」と僅かに考え込む。 「そうだな、ハジメがリタイアしたら親衛隊長解任。最後までリタイアしなかったら無し」  そう思い付いたように続ける岩片に俺は目を剥いた。 「シンプルで分かりやすいじゃん?」  そう笑う岩片はどこまでも楽しそうで、瓶底眼鏡越しに俺の様子を見ているのがわかる。
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