ep.5 五人目のプレイヤー

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 嫌いにならないでやってくれ、だとか、仲直りしろ、だとか周りは口々にするが、実際俺の立場になってないからそんなことを言えるのだろう。  捨てられたのはこっちの方だ、それなのに、なんで俺が。  寒椿と別れ、風紀室を出たものの悶々としたものは余計膨れ上がるばかりで、何故こうもあいつのことばかりを考えなきゃならないのか。  それすらもなんだか理不尽のように思えてくるのだ。  もう、知るか。知らない。どうだっていい、知るもんか。  そう振り払おうとしても、最後に見た岩片の表情がこびりついて離れない。 「クソ……ッ!」  もうやめよう、こんなに考えたってあいつがちゃんと話し通じる状況になんねーと全部無駄だ。  そう半ばヤケクソになりつつ、一先ず岩片の顔を見たくなかった俺はあいつを避けて適当に時間潰すことにした。  とはいえど、この学園で時間潰せるような場所なんて早々ない。息抜きに、学園の外にでも行くか。  けど、補導されたら面倒だしな。  結局、いつもこうだ。俺は一人ではなにをして過ごしてきたのか思い出せずにただぼけっとして時間を過ごす。  岩片や他の連中から逃げ隠れしたところで無駄だし、どうせ嫌でも顔を突き合わすことになるとわかってても誰にも会いたくないときがあるのだ。そう、それが今だ。  でも部屋に籠もりっきりなると余計気が滅入りそうなので取り敢えず外の空気でも吸うかと校庭の近くのベンチに腰を掛け、買ってきたジュース片手に野球の真似事して遊んでる不良連中を眺めていた。  どこから持ってきたのか、箒とモップとサッカーボールで野球してるようだが怒られないのかあれ。  それどころか野球としても色々破綻しているがスカす度に大はしゃぎしてる連中見ると楽しそうでなんだか男相手とのあれこれで悩んでる自分がチリのようにちっぽけな存在のように思えてきた。 「はぁ……」  手に持っていたせいかいつの間にかぬるくなっていた炭酸飲料を慌てて口に入れる。  ……なんか、腹減ってきたな。そんなことを考えていたときだ、背後でがさりと音がする。  思いの外近いその音に驚いて振り返ろうとしたときだった、そこには。 「おい、何やってんだ?ぼけっとしてっと流れ弾に当たるぞ」 「安治」 「よぉ、一人か?」  頷き返せば、「珍しいな」と目を丸くする馬喰安治。  馬喰は外出してたらしい。バイクの鍵をポケットに突っ込みながら、片腕にビニール服を引っ提げながらそのまま俺の隣に腰を下ろす。よく見ると袋からは可愛らしいイラスト付きの布地が覗いてる。  ……裁縫用品を調達しに行ったらしい、相変わらず顔に似合わず愛らしい趣味をしている。 「……なんか最近元気ないな、お前」 「よくわかったな」 「それほどってことだよ。……どうした? 具合でも悪いのか?」 「まあ、体調不良みたいなもんだな、これは」 「よくわかんねーけど、岡部の野郎もお前のこと心配してたよ。なんか色々面倒ごとに巻き込まれてるみたいだって」 「…………まあ、それは」  元々転校して初日から面倒ごとのようなことに巻き込まれっぱなしではあったが。 「……おい、尾張。お前、少し時間いいか?」 「いいけど、どうした?」 「俺の部屋まで来いよ。渡したいものがある」  え、と狼狽える俺の腕を掴めば、馬喰は「行くぞ」と歩き出した。  渡したいものってなんだ。今までのことを考えるとあまりいい予感がしないのだが、それでも今更断る気にもなれない。  今はとりあえず馬喰に従っとくか。そう結論に至ったのだが――。  学生寮、馬喰と岡部の部屋の前。  少し待ってろ、と言って部屋に引っ込んでいった馬喰を大人しく待ってると、すぐに馬喰は部屋から出てきた。  その手には、手のひら大の……なんだこれ?犬?豚か?よくわからない茶色のちょこんとしたぬいぐるみが握られていて。 「これ、お前にやる」 「え、いいのか?」 「どうせ習作だったし……これ、むしゃくしゃしたときに手で握り潰すとストレス解消にもなるらしいぜ」  なんて酷い提案しやがる。  しかしよく見れば馬喰の手作りとは思えないほど綺麗な縫合だ、こんなに器用だったのかこいつ。  ……顔の潰れた造形はともかくだ。 「ありがとう、安治。……この、犬? ……豚? ……大切にするからな」 「ウサギちゃんだ」 「……ウサギ……」  悪いが少なくともウサギには見えなかったぞ馬喰……。  思いながら、俺は馬喰からもらったウサギちゃんぬいぐるみをポケットに突っ込んだ。  確かに握りやすい形をしている。  なんて、部屋の前で馬喰と話してたときだ。 「尾張ッ!」  いきなり、背後から名前を呼ばれてぎょっとする。  何事かと振り返れば、そこには会いたくねーヤツナンバー2、もとい……政岡がいた。  なにを焦っているのか、俺を見て血相を返る政岡に二重の意味で驚く。 「……なに……」 「なんでお前、そいつと一緒にいるんだよ」  なにか用か、と言い終わるよりも先に、やってきた政岡は馬喰を睨みつけた。  え、と狼狽える暇もなかった。 「馬喰」と、政岡がその名前を口にしたとき、睨まれた馬喰は舌打ちをした。 「……別に、アンタには関係ねーだろ」  なんだ、なんなのだ。この空気は。  いきなり政岡がやってきたと思えば、馬喰につっかかり始める政岡に俺は状況が飲み込めずにいた。  ただ、面倒なことが起きようとしている。それだけはわかった。  なんで政岡がここにいるんだ、という疑問はこの際良しとしよう。けれどだ。  何故この二人がこんなに険悪な雰囲気になってるのか、というか知り合いなのかと狼狽える俺なんて他所に暫く睨み合ってた奴らだったが先に折れたのは馬喰だった。 「面倒臭えな……おい、尾張、来いよ」  鬱陶しそうに溜息を吐き、馬喰は俺の肩を掴む。  相手にするだけ時間の無駄だという結論に至ったようだ。  触れる肩にびっくりしたが、それよりもこのまま帰してもらえる気がまるでしなかった。  そして案の定。 「待てよ銀髪」 「帰るなら一人で帰れ、そいつから手を離せ」政岡の野郎は、馬喰を止めに入るのだ。  何故、何故そのように余計馬喰を煽るような言い方をするのか。  せっかく馬喰の方から躱そうとしてんのにわざわざ噛み付く政岡に呆れ、「おい政岡」と嗜めようとしたとき。  大きな舌打ちとともに馬喰が前に出る。 「もしかしてお前か? こいつが元気ねえ原因って」 「んだと?」 「お前らのくだらねえ遊びにこいつ巻き込んでんじゃねえよ。お前らだけでやってろ」  流れるような首切って死ねのジェスチャー。いやそれはまずい、売り言葉に買い言葉。  凍り付く空気。というか俺。  政岡が今にもブチ切れそうなのが肌でわかったから余計焦って、俺は、慌てて馬喰と政岡の間に入る。 「おい、おいおいおい……っ落ち着けって、とにかく馬喰、俺は別にこいつに……」  迷惑は掛けられていないからそう邪険にしなくてもいい。  政岡を背にし、とにかくやつらを引き離そうとしかけた矢先だった。  背後から伸びてきた手。 「尾張っ」と、顔を引き攣らせた馬喰に名前を呼ばれる。  へ、と思った次の瞬間には顎を掴み上げられ、思いっきり上を向かされた。視界に映るのはヤニが染み込んだ天井、ではなく。 「ま」  政岡、と呼ぼうとしたその声は続かなかった。  覆いかぶさるように唇を塞がれ、凍り付く。  ちゅ、と音を立てて唇を吸われたと思った次の瞬間、政岡は俺から顔を離した。 「そういうことだよ。……人の邪魔してんじゃねえよ、馬野郎」  抵抗する暇すらなかった。  呆然とする俺に、一連の出来事を目の当たりにした馬喰は顔をしかめ、「アホらし」とその場を立ち去った。  待って、違う、誤解だ。なんて、言う暇もなかった。  目の前で閉まる馬喰の部屋の扉に、ことの重大さに気付いた俺は背後の政岡を振り返り、そして思いっきりぶん殴った。 「イ゛ッ!!」 「ま、さおか……ッてめぇ……」 「わ、悪い……怒ってる、よな……?」 「当たり前だろっ、何考えてんだよ!」  馬喰の前で、しかもあんなこと言いやがって。  馬喰はただ俺に気遣ってくれただけなのに、普通目の前であんなことするか?  立ち去り際の馬喰の目を思い出しただけで生きた心地がしない。  人のいなくなった通路のど真ん中、「ふざけるな」と思いっきり政岡の胸倉を掴めばやつは怒られた犬みたいに「いや、だって」と項垂れる。 「だってじゃねえだろ、お前、何がしたいんだよ……っ! そんなに人を貶めたいのかよっ!」 「……悪かった、悪かったから、そんなに怒るなよ……」  元よりこいつらに常識を求める方が間違っているとわかっててもだ、こんな形で仕打ちを受ける羽目になるとは思わなかった。 「馬喰に誤解されただろ、どうすんだよ」 「別に、いいだろ。あいつは」 「……はあ?」 「あいつには誤解させておいていいんだよ。お前に近づかなくなるんならそれがいいだろ」 「……ッ!」  ……こいつ、全然反省してねえ。  つか「悪い」とか言っておきながら全く自分が悪いことしたとは思ってねえタイプだ。  正直めちゃくちゃ腹立ったが、ここで俺が冷静さを失ったらそれこそ話にならない。  あまりの理不尽さに腹の底から嫌なものがどろりと溢れそうになるのを必死に堪え、政岡を睨む。 「っ、お前な……あいつは、悪いやつじゃねえよ。なんであんな風に突っ掛かるんだよ」 「あいつは昔から色々問題起こしてんだよ。あんな危ねーやつと一緒にいて、尾張がもし危険な目に遭ったらどうするんだよ!」 「言っておくけどな、お前の方が危ねえよ。言ってることもやってることも無茶苦茶だからな」 「ッ、そ、それは……俺は、ただ尾張のためと思って……」  そう、これだ。俺のためだとか、好きだとか、そんなことを言っては俺の意思に反したことばかりをしてくる。  そんな政岡の強引な優しさに助けられたのも事実だが、今のこいつはどうだ。何考えてるのかまるでわかんねえし、それが余計不気味だった。 「……この際だから言っておく。岩片のやつとはもうなんも関係ない、だから、もう余計なことすんなよ」  このままでは、また本当にあることないこと言い触らし兼ねない。それだけはなんとしても避けたくて俺は念を押す。  すると、予想通り政岡は妙な顔をしてみせるのだ。  そんなわけ無いだろうという顔だ。 「お前、本気で言ってんのか?」 「ああそうだよ。前みたいにあいつから直接ごちゃごちゃ言われることはなくなった。……だから、俺のことは放っておいてくれ」 「……本当に、あいつがそういったのか?」 「あぁ」  半分本当で半分は嘘だ。  けれど、本当だと言わなければこの男は諦めようとしないだろう。ここまでしつこい相手となると、多少脚色しなければならない。  罪悪感はない、とにかくこいつの暴走を止めたかった。  案の定、政岡はそれを簡単に信じようとはしない。 「そんなはずねえ、だってあいつ、お前のこと全然手放す気ねえぞ」 「それは……お前をからかうのを面白がってるだけだろ」 「そんなわけ」 「っとにかく、俺が言いたかったのはそれだけだ。色々相談乗ってくれたのは助かったけど、これ以上はもうやめてくれ」 「……尾張」 「いい加減、放っておいてくれ」  正直、岩片のやつのことだけでも俺の手には負えなくて必要以上に疲れてるのにこいつが更に爆弾投下してみろ。どうにかなってしまいそうだ。  政岡を傷付けてる自覚はあるが、それでもここまでハッキリ言わなければこいつの場合は通じない。  そう思って、言葉も選ばず単刀直入に突き放す。  ……それ以上そこに留まっていたら駄目だ。  政岡の反応を見るのが嫌で、俺は「それじゃあな」とその場を足早に立ち去る。  足音が響く。心臓が、鼓動がまだ落ち着かない。  とにかく、誰とも会いたくなかった。部屋に戻って、それから、どうするかなんて何も考えてない。とにかく時間が経てばどうにかなるだろう、そんな風に考えながら歩いていたときだった。  いきなり、背後から足音が聞こえたと思った次の瞬間、俺が振り返るよりも先にやつに腕を引かれる。 「っ、政岡……!」 「悪い、けど……お前こうしないと逃げるだろ?」 「当たり前だろっ! ……何言ってんだよ、お前……っ」  走ってきたのか、わざわざ。ついてきてないと思って油断していた。  咄嗟にやつの厚い胸を押し返し、離れようとするが、逆に手首を取られて顔を寄せられる。  額がぶつかる程の至近距離にぎょっとする。 「尾張……俺は、本気だ」 「な……なに言ってんだよ、こんなところで……っおかしいぞ、本当……っ」 「お……お前が嫌だっていうなら、なにもしない。だから、嫌いにならないでくれ」 「友達でいいから、とか贅沢言わねえから……頼む、尾張、お前の傍にいたいんだ……」俺よりもデケーくせに、普段の肩で風切って歩くような政岡からは想像できねえくらい情けなく震える声に、目眩を覚えた。  なんなんだこいつ、なんなんだよ。  演技だってわかってても、信じてしまいそうな程の手の熱さに心臓が跳ね上がる。 「尾張……っ」  こちらを見るその目に見詰められると、こっちまでおかしくなりそうだった。 「意味わかんねーよ……そこまでして勝ちたいのかよ、お前」  もう、全部知らないふりをしてるのは耐えられなかった。  これ以上惑わされ、掻き乱されるのだけは。 「尾張?」と、こちらを見ていた政岡の目が一瞬動揺に揺れる。  わかっていたはずだ、五十嵐から全部聞いたときから、最初から全部。  けれど、こうしてこいつの反応を目の当たりにすると……正直、くるものがあった。  なんのことだと惚けてほしかったのかもしれないが、全てもう全部なかったことにするには遅かった。 「こっちは知ってるんだよ、とっくに。全部。……お前ら、生徒会の連中で俺と岩片、どっちを落とせるかって遊んでるんだろ」 「知らねーと思ってたのかよ」ああ、と思った。  言ってしまった、全部、もうどうだっていい。  岩片と喧嘩したことで半ばヤケクソになってるという自覚はあったが、後悔はなかった。  ……ない、はずだ。 「知っ……てた、のか」 「知ってた。……だから、お前にも、お前ら以外のやつも好きになるつもりなんてねえから安心しろ」  だからもう放っとけと、暗に言ったつもりだった。 「じゃあな」と、今度こそ自室に逃げ入ろうとするが、扉を閉めようとして、伸びてきた指がその隙間に捩じ込まれる。  え、と思った次の瞬間、勢いよく開かれる扉。  そこから強引に押し入ってくる政岡に俺は血の気が引いた。  食われる。重い。つか、苦しい。なんで俺、こいつにキスされてんだ。 「っ、ふ、ぅ……んん゛……ッ!」  人の顔を掴んだまま、器用に片手で扉を閉める政岡に血の気が引いた。ドアノブに手を伸ばそうとすれば手首を掴まれ更に抱き寄せられる。  がっしりと腰を掴む手は離れない。呼吸する暇もなく、抉じ開けられた口の中上顎を擦られ、そのまま舌の根ごと絡め取られる。息ができない、まじで死ぬ。殺される。こいつに。  必死に政岡を突き飛ばそうとするが、この男全く気にしてねえ。どんだけ興奮してんだ、つか、なんで、どこで。  わけわからなくて混乱する頭の中、溢れる唾液が顎から首筋へと落ちる。獣じみた荒い呼吸と濡れた音、くぐもった声が響く。舌の肉を噛まれ、吸われ、深く口付けされ続ければこちらまでどうにかなりそうだった。  逃げたいのに、逃げられない。汗が滲む、視界が白ばむ、口の中が熱く疼いて、ずっとやつに舐められ続ける唇はふやけていく。手足はじんじんと痺れ出し、次第に意識すらも薄れていく。 「……ふー……ッ、ぅ……ッ」  噛み付きたいのに、喉奥まで挿入された太い舌が邪魔で仕方ない。電気も付けてない玄関で野郎にキスされる。なんで、そんな世にも奇妙な状況に陥ってんのか自分でもわからない。ドンドンと政岡の胸を叩いていたが、じゅぽじゅぽと舌の先っぽを愛撫されればもうわけわかんねえ。政岡にしがみつくことでしか立つことすらできなかった。  焼けるように熱い政岡の体に、手に、指に、こっちまでどうにかなりそうだった。  どれほど経ったのかもわからない、暗い部屋の中、こちらを見下ろしていた政岡の目と視線が絡み合い、目が逸らせなかった。  ゆっくりと唇が離れる。唾液で濡れた唇が赤く、腫れている。無我夢中で俺が無意識のうちにやつの唇を噛んでいたのかもしれない。口の中に残る血の味に、それを吐き出す気力すら残されていなかった。 「お、まえ……っ」 「……っ知ってて、俺を受け入れてくれてたのか」  なんで、とか、どうしてとか。文句言ってやりたかったのに、そんなこちらの不満など知りもせずあいつは溶け切った顔で俺を見る。その目に、ぞくりと胸の内側が熱くなった。 「そんなわけ、ないだろ」辛うじて出した声は酷く枯れていた。口の中、まだ政岡の舌の感触が残っていて口が閉じれなかった。呂律も回っていないだろう。  それでも、段々冷静になってくる。こいつにしでかされたお陰で。 「……教えてやるよ。俺と岩片もゲームしてたんだよ、逆にお前らを落とせたら俺の勝ちって。それができなかったら俺の負け。……お前は、それに引っかかっただけなんだよ」  隠すつもりもなかった。いまのキスが引き金になったのは間違いない。こいつはなにかを勘違いしてる。  それはあまりにも決定的で致命的、だったら、それを正す。じゃないと本当に、食い潰される。そう思ったから。 「俺は、一度でも本気になったことなんてねえよ」  影を落とした政岡の表情がどんなものなのか、俺には見えなかった。自分が酷いことを言ってる自覚はあった。けれど、俺たちの場合は。 「……お前を勘違いさせたんなら悪かった。けど、お前だって同じだろ? ゲームで勝ちたくて俺に近付いてんのは知ってたし、お互い様だろ」 「……」 「……けど、もうやめようぜ。お前だって、しんどいだろ。別に好きでもねえやつに必死になんの」  俺だって、こんな風にキスされて、押し倒されるのはもう懲り懲りだ。勘弁してくれ。これ以上は本当にどうにかなってしまう。叫び出したい本心を必死に殺した、なによりも、こいつが怖かった。 「そんなに勝ちたいってんなら……いいよ、もう疲れたしお前を勝たせてやるよ。それで終わりにしようぜ」  それは、最終手段だった。  こいつらの玩具にされるなんて冗談じゃねえと思ってたけど、思いの外俺のメンタルはそう丈夫ではないらしい。もう放っておいてほしかった。けれど、そうさせてくれないというなら終わらせるしかない。  もう、ゲームなんてどうでもいい。勝敗なんて。  ヤケクソだった、ああ、そうだ。もう、どうでもいい。知るか、クソ食らえだ。そんな気持ちで政岡に提案した、笑って、なるべく声が震えないように明るい口調で。  なのに、あいつは笑わない。それどころか、肩を掴まれる。 「……ま、さおか?」 「終わりにさせたいんだろ?」 「そ、うだけど、なんで」  なんで、脱いでるんだ。  着ていたシャツを脱ぎ捨てる政岡に、血の気が引いた。  笑顔なんてない、けれど、全身から滲み出るそれは限りなく怒りに近い。 「じゃあ、一緒に終わらせるか。……尾張」  鼓膜に流れる地を這うようなその低い声に、キスで散々熱を持ち始めていた下腹部がじわりと痺れた。
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