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――正直な話、誰か勝つと思う?
「ええー? それ俺に聞いちゃうー? 本当君って性格悪いよねえ? 俺が勝つに決まってんじゃん? ……って言えたらいいんだろうけど、なんかさあ、かいちょーと元君見てたらすげー俺余計なことしてんのかなって思えてやなんだよね~~?」
――勝ってほしいと思う人は?
「……おい、またお前余計なこと聞き回ってんのか。誰に何を聞いたか知らんが、俺はノーコメントだ。お前には沸湯を飲まされたからな」
――副会長、今日も麗しいですね!
「貴方そう言ってよく私の前に顔を出せましたね? ええ、インタビューして回ってるんでしょう? いいですよ、聞きたいことがあるならなんなりと。その代わり貴方にも私と同じ目に会ってもらいますからね、私をよくもあのゴリラに売りやがって」
――は、はひひょうひゃは……ほひへんはひははへふは……。
「おわっ!! びっ……くりした……なんつー面してんだ! ビビらせんじゃねえよ! ……ああ? 能義だと?! どこに居た?! おい吐けあいつどこにいたんだ?! あ? テメェのためじゃねえ! あいつにしたこときっちり返さねえといけねえだろうが!! ……おい逃げてんじゃねえ!! オイコラ五条!!」
――……ふぅ、散々な目にあった。
「それで、満足行く回答は得られたのか?」
――いんや……あ、でも会計様の回答は意外だったな。何を見せつけられたのか知らねーけど。
「……ふうん」
――それで、王道君……岩片君、自信の程は?
「あいつが俺以外のやつを選べるわけないだろ」
「っは、やっぱ君ってそうじゃないとな!」
「馴れ馴れしいんだよ、神楽の野郎を様付するなら俺のことも岩片様って呼べよ。納得いかねえな」
「あでで! 待って、そこ副会長様にめっちゃビンタされたところだから! どうせならもっと優しく触れ……あでででで!!!」
ハジメと部屋が別れてから一週間が経とうとしていた。教室にもろくに顔に出さないし、何してるのかも知らない。会おうと思えば部屋にいつでも行ける距離だとわかっていたのに、そうはしなかった。
部屋の向こうであいつと政岡零児がいるのではないかと思ったら、できなかった。
その理由が俺には理解できない。あいつらが並んでいると耐え難いものを感じるのに、俺の手を振り払ってあの赤髪を連れて行ったときのハジメの目を思い出すだけで熱が抜け落ちるような感覚を覚えたのだ。冷めたような、あの目。あの目には見覚えがあった。
あいつと出会ったばかりの頃、全部を諦め、やけくそになっていたときのあいつと同じ目だ。
あの目を見た瞬間、自分がその他大勢と同じ目で見られたと理解した瞬間、初めて不安のようなものを覚えた。
……――あいつが俺以外を選べるわけがない。
そう、思っていた。けど、それは今までのあいつの性格から考えてのことだ。あいつの手綱を引けるのは俺だ、わかりきったことだが、もしその手綱が切れたとしたら?
そんなことを考えては、生まれて初めて足元が不安定になる感覚を覚える。
抱いたあと好きと言ってほしいとせがんできた男を思い出す。確かめないと、触れないと、言葉にしないと、不安なのだと言っていた。
離れ離れになった今なら理解できた。自分のいない間にあいつが他の男に変えられてると思うと、俺に向けていたあの顔を他の男に見せてるのだと思うと――酷く背筋が冷たくなるのだ。
「それにしても、岩片く……様は相変わらず自信家だよなー羨ましいくらいだな、ま、あんだけ尾張に必要とされてりゃあ自信もつくか」
「……」
情報収集がてら捕まえた五条に聞き込みさせたはいいが、余計なことばかりペラペラ喋るこの男にはやはり口の聞き方を教えなければならないようだ。
「それで、ハジメは元気そうか?」
「んー、どうだろ。俺から見たらありゃ空元気って感じだな。……気になるんなら会いに行ったらどうだ?」
「会いに行くなぁ……」
会いに行って、どうすればいいのか。今の俺には分かりかねていた。
あいつは、捕まえようとすればするほど手の中から逃げていく。正直、何をどうしたらいいのか自分でもわからなくなっていた。押しても駄目、引いても駄目、すり抜けて行くから手応えなんてなにもねえ。情けない話、こんなこと初めてだった。
「……会いたくない」
「ええっ?! な、何言ってんの岩片君様?!」
「つか、あいつが会ってくれねえし」
「あ……っ、まあ、確かに副会長様のことがあって会長様ガードも厳重になってるっぽいしなぁ……」
「……有人となにかあったのか?」
「……え? も、もしかして……知らないのか?」
みるみるうちに青褪めていく五条。
知らないってなんだ。あいつと有人になにかあったなんて俺は聞いてない。岡部も何も言ってなかったし、けど確かに風紀委員は忙しそうだったがどうせまたいつものやつだろうと気にしないでいた。
「……なんだよ、言え」
「わかった、言うから! 言うから! そのトーンで迫ってくるの怖いから!!」
「この前、副会長様が尾張拉致って会長様がブチ切れただろ? そんで、副会長様病院送りにされたんだけどつい最近またちょっかいかけたみたいでさ……」そう、五条の口から出てきた言葉にただ頭の中が静まり返る。そんなこと、誰も、何も、言ってなかった。違う。俺が聞こうとしてなかっただけだ。拒絶されるのが耐えられず、距離を取った。……その結果がこれだ。後の祭り。
「い、岩片様……?」
「……ハジメは無事なのか?」
「無事、というわけにはいかなかったけど、会長様のが大怪我っぽかったなー。あ、でもあの人化物だからピンピンしてたけど」
「…………」
「岩片様?」
「お前、もう帰っていいぞ」
「え」
「これ、報酬」
そう、予め約束された報酬に上乗せした分の封筒を握らせれば、その厚みに気付いたのか五条は爛々と目を輝かせる。
「え、え、こんなにいいのか?!」といいつつもしっかりと懐に収める五条。相変わらず気持ちがいいくらい現金なやつだ。
「……別に頼みたいことがある」
「へい、何なりと!」
しっぽを振る五条に、俺はとある頼み事をする。
五条は少しだけたじろいだが、「足りないか?」と更に札を握らせればその目は金一色に変わる。
「俺に任せろ、絶対悪いようにはさせねえから」
「さっすが五条先輩、頼りにしてるぞ」
五条ほど扱いやすい人間もいない。扱いやすいということは、裏切られやすいということでもあるのだけれど。
勢いよく部屋を飛び出す五条を手を振って見送り、改めて一息つく。
大抵のことはハジメが教えてくれていた。実際、現状俺の繋がりは希薄だ。肝心なときに側にいるのは誰もいない。
――俺も行くか。
作戦もなんもねえ、けど、今はただあいつに会いたかった。嫌がられるだろうな。それでも、いいや。何をするか何をいうかは後からでいい。
俺は部屋を出て、あいつの部屋へと向かった。
◆ ◆ ◆
ハジメの部屋の前。
通路に座り込むようにどこかの誰かと大きな声で通話している赤髪の姿を見つけた。
「……ああ、勝手な真似しないように見張っとけよ。まだ手を出すな、俺が行くまで目を離すなよ。ああ、じゃあ頼んだぞ」
声がでけーおかげで内容も筒抜けだ。
誰かを監視してるようだが、五条の話を聞いた今あいつが目をつけてるやつなんて一人しかいない。
――有人か。
面倒だな、と思ったが、今は逆に好都合だと考えるべきだろう。あいつは携帯をしまうなりバタバタと部屋の前を立ち去ったのだ。
隠れていた俺には気づいていないらしい。あいつの視野の狭さが今はありがたい。本当、あいつ頭に血が登ったら途端に視野が狭くなるようだ。正直助かる。
あいつがいなくなった部屋の前。俺は扉の前に立った。何故だがドアノブが壊れ、テープで雑に固定されたその扉をノックをしようとして、手を止める。
なんて声を掛けようか。第一声は。理由は。頭の中、都合のいい言葉を探すが見当たらない。考える時間も惜しかった。俺は、考えるよりも先に扉を叩いた。
出るか。出ないだろうな。だって、今は有人のこともある。のこのこ出てきたらそれはそれで警戒心がなさすぎだ。
反応のない扉の向こうに、まあそりゃそうだな、と諦めながら俺はもう一度扉を叩いた。
「……ハジメ、いるのか?」
扉越し、声をかける。
こんなこと言うつもりではなかったけど、他に言葉が見つからなかった。訪問者が俺だと知れば益々あいつは出てこないだろう。どうせならいるんだろ、出てこい。くらい言えばよかった、と後悔したとき。
かたり、と扉の向こうで物音が聞こえた気がする。人の気配は確かにあった。……やっぱ、居留守か。
出直すか、またあいつが出てきたときを狙うか。
長期戦は得意だ。待たされるのは好きじゃないが、それでも耐えられる。そう、扉の横に腰を下ろしたとき。あたりに静けさが走る。外ではまた馬鹿どもが馬鹿騒ぎしてるらしい、喧騒が余計遠くに聞こえた。
ハジメ、出ろ。出てこい。俺が待ってるんだぞ。このまま居留守するつもりなのか?
それなら臨む所だ、お前が腹を空かせてのこのこ飯を食いに行くまで待とう。なんて、思ったとき。
ゆっくりと扉が開いた。
俺は長期戦を覚悟していたのに、時計の針は五分も進んでいない。
現れたあいつに、心臓が脈打つ。止まっていた血が流れ出すような、熱。嬉しい、なんて、顔を見ただけで思うのか?普通。
「……普通素直に開けるか?」
「お前には、俺も話があったから」
そういうハジメの顔には笑みすらない。
……会えて嬉しいなんて気持ちはすぐに萎んでいく。嫌な表情。この顔には見覚えがある。
大抵、ろくな思い出じゃねーけど。
「場所、移すか」
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