ep.6 馬鹿も食わないラブロマンス

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   …………。  ……。  それから、政岡と飯食って、別れて。  これからどうするかなんて考えている内にどうやら俺は寝落ちしていたようだ。  ソファーの上でうとうとして、それから……。  そうだ、政岡はもういないのか。思いながら、変なところで寝たせいでばきばきになった背中を伸ばしながら起き上がろうと目を開いたとき。 「やあ、おはよう子鹿ちゃん。随分と遅いお目覚めだね。王子様のキスは必要だったかい?」  ――俺はまだ夢を見てるのかもしれない。  それも、あまりよくない夢を。  人の寝顔を覗き込んでいた金髪碧眼の王子様に一瞬思考停止する。恐る恐る頬を抓る。……痛い。 「な、なんでアンタ人の部屋に勝手に……!!」 「ああ、本当だよ。ドアノブが壊れてるようだから簡単に入れたよ。不用心はあまり感心できないなあ」 「……そ、そうじゃなくて……」  駄目だ、寝起きの頭も相まってこの男の発言に頭が痛くなってきた。 「ふ、不法侵入……だろ……」 「何を言ってるんだい?寧ろ僕たちは君の寝込みを襲う不貞なやつらがいないかを守るためにやってきたんだよ」 「…………………………………………はい?」  ……ってか、待て、今この男恐ろしいことに『僕たち』と言わなかったか?まさか……と、部屋の中を見渡したとき。 「寒椿! 尾張元の様子はどうだ!!」  玄関口の扉が開いたかと思えば飛び込んできたクソでかい声に鼓膜がビリビリと震える。……出たよ、見たくない顔だ。 「鴻志、声が大きいぞ。バンビーナが震えてるじゃないか、ああ可哀想に。びっくりしただろう?もう大丈夫だよ」 「ほら、僕の胸においで」とどさくさに紛れてハグしようとしてくる寒椿を避けながら、俺は慌てて起き上がる。何が起こってるかまるでわからないが、絶対ろくでもないことには違いないだろう。 「あ、あんたら……なんだよ、こんな朝っぱらから……」 「それが守ってもらってる人間の言う言葉か? 寧ろこんな朝っぱらから僕のことを守って下さりありがとうございますだろうが!」 「ぐ……っうるせえ……」 「コラコラ鴻志、朝から美しくないな。……すまないね、バンビーナ。僕たちは君の護衛にやってきたんだよ」 「護衛……? なんで……」 「まさか貴様、自分のことだと言うのに何も知らんのか?」 「え」 「仕方ないだろう、どうやらバンビーナはすやすや夢の中だったようだき」 「え」  ……なんだ、なんだろう、無性に嫌な予感がする。  俺が眠っている間に何があったというのか。  聞きたいような、聞きたくないような感情の中、寒椿はにこりと微笑んだのだ。 「まあ、こういう場合は口で説明するよりも実際に見た方が早いだろうね」  ――おいで、案内するよ。  そう、誘われるがままに寒椿たちに連れられて部屋を出た俺はすぐにその言葉の意味を理解した。  学生寮内至るところに貼られたポスター、そこに書かれた内容に目を疑った。 『第462回生徒会主催抱きたい男&抱かれたい男選手権』  読めば読むほど頭が痛くなる見出しだが、それよりもだ。見出しの下、やや目立たないように書かれたその一文に俺は青褪めた。 『それぞれ一位になった方は生徒会権限により希望する相手と性行為する権利を得られます』 「………………………………」 「クソ、まだこんなところにポスターが残ってやがったか! ……あの性欲の猿どもが、また懲りずに馬鹿みたいな催し物を開きおって……っ!!」  横から伸びてきた野辺の手により引き剥がされたポスターはそのまま丸められゴミ箱に放り投げられる。  待て落ち着け、まだこれは決まったわけではないのだ。深呼吸……、深呼吸だ。 「今朝僕たちが学園にきたときは学園の中までこのポスターが貼りまくられてて本当大変だったんだよねえ、風紀委員総出で剥がしたけれどもう大分生徒たちの中では出回ってるみたいだし」 「こ、これって……」 「そのままの馬鹿による馬鹿のための馬鹿企画だ。気にすることはない、と言いたいところだが……今回は連中の狙いははっきりとしているからな」  と、野辺と寒椿、二人の視線が俺に向けられる。  正直、このふざけた企画内容見た瞬間それは感じていた。大義名分なんてたいそれたことを言うつもりはないが、このポスターの目的は逃げ道を封じることだ。ルールに縛り付けて。けど、今更こんなまどろっこしい真似をする必要があるのかとも思った。……そもそも、政岡がこれを良しとしたのか?能義や神楽ならともかくだ。  しかも、このタイミングでこれが出るって言うこと自体なにやら作為的なものしか感じない。 「……俺、ちょっと確認してくる」 「確認って、どこに」 「ま……生徒会に」 「駄目だよ、尾張君」  肩をやんわりと掴まれ、止められた。初めてこの男にまともに名前を呼ばれた気がする。寒椿は微笑んだまま俺を見ていた。 「君が直接行ったらそれこそ意味がない。……こういう手荒な仕事は鴻志の仕事だよ、君は安全なところに身を隠していた方がいい」 「……っ、でも……」 「癪だがこれに関しては俺も寒椿と同意見だ。貴様がのこのこ股を開きながら出て変に盛り付いた猿どもに襲われて仕事が増えては困るからな」 「だ……ッ、ま……ッ」  もう少し他に言い方があるだろう。怒りと屈辱に顔が熱くなる。けれど、悔しいがこの二人の言い分も分かるのだ。 「ともかく、貴様は大人しくしていろ。いいな」 「わ、わかったよ……大人しくしてりゃいいんだよ」 「そうそう、流石バンビーナは聡明でいい子だ」  ……またバンビーナ呼びに戻ってるし。  なんだかどっと疲れた気持ちになるが、とにかくここは風紀に任せた方がよさそうだ。  ……それに、ただの悪質な悪戯な可能性もあるわけだ。生徒会副委員長のあの顔が浮かんでは振り払う。  俺は寒椿に促されるがまま自室へと戻ることになった。  頭が痛い。なんでこんなことになってるんだ。  あの壁から引き千切ってきたポスターを眺めて溜息を吐く。やり場のない憤りをやり過ごすこともできず、そのポスターをぐしゃぐしゃに丸めたあとゴミ箱に放り投げた。 「……はぁ」  政岡のやつが一枚噛んでるとは思えない。寧ろ、こんなこと許すか、あの馬鹿みたいに真っ直ぐなやつが。  そう思いたいが、俺にはそう断言できることもできなかった。あいつのことだ、一度思い込めばそのまま突っ走るところがある。  一度政岡に連絡してみるか。  そもそも、こんな訳のわからない悪趣味ゲームは俺にとっても政岡にとっても障害でしかないのだ。なんとか説得すれば味方にできるだろう。  風紀委員には止められたが、当事者は俺だ。知らないところで自分の貞操賭けられてるかもしれないっていうのに大人しくできるか。  携帯を取り出し、政岡を呼び出せばワンコールもせずに政岡が出た。 『お……尾張か?』  様子がおかしいというのはすぐにわかった。  いつもならやかましいほどの政岡の声が今はなりを潜めている。 「よ。……なあ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、今いいか?」 『あ、ああ。大丈夫だ。……今部屋か?』 「ん、ああ。そうだけど」 『……今からそっち行っていいか?』  それがどうしたんだよ、と聞き返すよりも先に電話越しに聞こえてきたその言葉に内心ぎくりとした。  そしてすぐに野辺と寒椿が置いていった風紀委員が護衛としてついていることを思い出す。 「あー……っと、多分、やめた方が良いかもしんねえ。今俺の部屋の前に風紀委員がいる」 『風紀が? まさか……』 「護衛だってよ。……生徒会主催のなんかのイベントで俺の身が危ないかもしれないからって」 「なあ、お前なんか聞いてないのか。政岡」ごくり、と固唾を飲む音が聞こえてきた。  その反応からするに政岡は知っていたのだ。 「……話したいことってのはそのこと。お前、知ってるんだな?」 『お、尾張……悪い。間に合わなかった』 「それ、どういう意味だよ」 『……っ、その……』  政岡、ともう一度名前を呼ぶ。電話越しだがあいつがどんな顔をしてるのか容易に想像ついた。怒られる犬だ。言い澱んでいる。  そして。 『……やっぱ、お前の部屋に行く』  そう、声を絞り出した政岡。え、と反応するよりも先に扉の外が何やら騒がしくなる。  まさか、いや、嘘だろ。早え。なんて思いながら扉を開けば、そこには。 「……っ、政岡……」 「尾張、俺を殴ってくれ……ッ!」  必死に政岡を止めようとする風紀委員たちを総無視して俺の前までやってきた政岡はまたなんか言い出した。  とにかく騒ぎが大きくなる前に俺は風紀委員たちを大人しくさせ、政岡を部屋に上げることになる。風紀委員たちは「委員長に殺される」と泣きそうな顔していたがそればかりは俺にはあいつを止める自信はない。済まないが頑張ってもらう他ない。  というわけで、自室。  俺と政岡は向かい合って床に座っていた。  胡座の俺とは対象的に何故か政岡は正座だ。 「それで、どういうことだよ。……これ」  俺はゴミ箱から取り出したグチャグチャのポスターを広げ、政岡の前に置いた。その動作に政岡がぎくりと肩を震わせる。 「そ、それは……そのだな……」 「言いにくいことなのか?」 「……っ、俺も、さっき知ったばかりなんだ。これの話は」 「さっき?」 「ああ、後輩から連絡あって、この張り紙の画像送られて……それで、神楽捕まえて無理矢理吐かせたら……どうやら能義の野郎と、あのクソモジャ野郎が一枚噛んでるみてーだ」  一瞬耳を疑った。  能義は予想ついていたから対して驚かない、けれど、クソモジャ野郎というのはまさか。 「岩片がっ?」  政岡は顔を顰めたまま重々しく頷いた。  待てよ、なんでここであいつが出てくるんだ。  というか、どうして。 「……嘘だろ」 「ああ、いくらなんでも……だから一応裏も探らせてんだが朝から雲隠れしやがった」  頭が痛くなる。  神楽の出任せだと思いたい。が、あいつの性格を考えればこれほどの暴挙に出ても納得できてしまうのだ。そして、能義も能義で政岡が勝つよりも岩片が勝つことを望んでいる。  もしもこの二人が組んでるとしたら、考えただけで気が遠くなった。 「……っ」 「尾張……?」 「…………大丈夫だ、ちょっと、目眩がしただけだ」  心配そうな顔をする政岡に先に釘を刺す。そして、深呼吸。冷静になれ。幸い、俺には政岡がいる。もし一人だったらきっと俺はまた冷静さを欠かしていたかもしれない。 「政岡、これは能義たちが勝手に始めたイベントって認識であってるか?」 「あ、ああ。俺は何も聞いてねえ。……神楽が言うには昨日、五十嵐や能義と一緒にクソモジャ陰毛頭に呼ばれてたらしいが……」 「お前だけハブられたってことか」 「あの野郎、俺には既に許可を貰ってる体で済ませていたらしくてよ……んなわけあるかよ! 少し考えりゃ分かるだろうが!」  怒りを抑えきれず、またぐしゃぐしゃのポスターが更に握り潰され搾りたての雑巾みたいにねじ上げられている。  ……正直、確かに許可しそうといえばしそうなだけに否定はできないが、これを言ったら余計焚き付けそうなので黙っておく。  とにかく、状況は理解した。  岩片のやつが何考えてるかなんて理解したくないが、やはり生徒会が絡んでるとなると俺は自分の身を案じるべきなのだろう。 「それにしてもまさかこんなことのためにわざわざイベントを用意するなんてな。……それもまるで恒例行事のようにに見せかけて」 「…………」 「…………見せかけてるだけだけよな?」 「…………ソウダナ」 「おい、なんで目を逸らすんだよ」 「で、でも俺は今年に入ってからは……お前に出会ってからこんなイベントしてないだろ?!」  そういう問題か。突っ込む気力もなかった俺は取り敢えず「ソウダナ」と返しておく。  今更この学園のイベントやしきたり、伝統に突っ込んでも仕方ない。  どちらにせよ潰すしかない。
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