ep.6 馬鹿も食わないラブロマンス

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「と、とにかくだな!」と、政岡は自分の太腿をぱんと叩いた。 「俺がなんとかする。……もし……っ、もしだな、なんとかできなかったら、そのときは俺が……ッ」  俺が、と言葉に詰まる政岡。その表情はあまりにも気迫があった。勢いに気圧されそうになりつつも、「政岡?」と恐る恐る呼びかけたとき。やつの目が俺を捉えるのだ。 「俺が、抱かれたい野郎一位になって……その、お前が、俺を指名してくれたら……」  まるで一世一代の告白でもしてるかのような顔でとんでもないことを言い出すのだ。  こいつが言ってることはつまりだ。俺と政岡がお互いに指名しあってセックスしたらいい。そう言ってるように聞こえる。というかそう言ってるという自覚があるのだろう。証拠にその顔は緊張で赤くなり、汗がうっすらと滲んでる。  もう忘れようと思ってるのに、その真剣な目で見据えられると余計なことまで思い出しそうになってしまい、咄嗟に俺は咳払いをした。 「……何言ってんだよ、それじゃ意味ないだろ」 「どうせ連中の考えることだ。この好きな相手と性行為云々も含めてイベントの可能性考えろよ。……全校生徒の前で公開プレイとか冗談じゃねえよ」それは、本心だ。この男のことだ、はっきりと言わなければ誤解され兼ねない。  確かに俺は政岡と組むことを選んだ。けれどこんな遊びに付き合って自分の体をどうこうする気にはならない。というかそれを避けたくて今まで考えてきたのではないか。本末転倒だ。  政岡は俺の言葉にハッとしたようだった。それから、何かを飲み込むように笑った。引き攣ったような笑みだ。 「そ……そうだな! いくら出来レースつったってお前の体を他の野郎に見せるなんて許せねえ……!」  なんだか空元気のようにも見えるが、ひとまずは理解してくれたようだ。ほっと安堵する。 「……一先ず風紀の連中もイベント中止のために動いてくれてるけど、問題は……」  問題は岩片たちだな、と言いかけた矢先だった。  バン!!と勢いよく扉が開かれる。デジャヴ。そして大体乱暴に扉を扱うやつにろくなやつはいないと知ってる俺は振り返る気にもなれなかった。  そして、部屋にズカズカと入ってきたのは……。 「見つけたぞ政岡ァ!!」 「げ……野辺?!」 「ノコノコと現れやがったなこの諸悪の根源がッ!! 風紀を乱す醜い性欲の化物がッ!!」  ……案の定ろくなやつではなかった。  いや、今は一応仲間なのだがいかんせん間が悪すぎる。 「誰が化物だ!!」と青筋立て今にも飛びかかりそうな政岡を「待て待て待て!」と慌てて押さえ込めば、一旦は落ち着いたらしい。が、警戒心は剥き出しのままだ。 「お前なんでここに……ッ!!」 「それはこっちのセリフだ! こんな悪趣味下劣品性の欠片もない性欲猿らしい低能な催し物をこの伝統ある学園で汚すなど言語道断!! 今日という今日こそは成敗してくれる!!」 「ま、待てって! 落ち着け!」 「そこを退け、尾張元。貴様も俺の愛刀の錆になるか?」  竹刀だろうが!というか竹刀持ち歩くな!帯刀すんじゃねえ!誰か止めろ!というツッコミしてる場合ではない。またこれ以上俺の部屋を荒らされるのはまずい。五十嵐の部屋の残状を思い出し慌てて俺は二人の間に割って入った。 「野辺、こいつも騙されてたらしいんだよ。悪いのは副会長の能義だ」  そう、慌てて事情を説明すれば、能義は竹刀の柄を握りしめたまま動きを止めた。 「……なんだと……?」  ……よかった、取り敢えずは会話は通じそうだ。 「実はな」と事情を説明しようとした矢先だ、開きっぱなしの扉からぬっと現れる影。そして、そこから現れたのは風紀副委員長・寒椿だ。 「おや、なんだか部屋が狭くなったと思ったらバッドボーイ君か」 「いい加減人の名前を覚えやがれこのクルクルパーが!」  バッドボーイって誰だと思いきや反応する政岡によくお前自分だとわかったなと感心する。最早跡形すらないぞ。俺も人のこと言えないが。  一度落ち着いたかと思いきややはり風紀との仲は良好とは言えないらしい。また飛びかかろうとする政岡を再度羽交い締めにし、そのまま俺は一旦政岡を部屋の奥へと引っ張ってくる。 「政岡。取り敢えず二人は味方だ。ここは穏便に済ませるぞ」 「お、尾張……けど……」 「いいか。絶対手を出すなよ。あと、野辺を刺激するようなことも言うな。いいな?」 「う……」  やはり一筋縄とはいかないようだ。納得いかないという顔の政岡。  ……まあ寒椿はともかく顔を合わせる度に殴りかかってくるような野辺相手にへこへこしよというのは難しい話だろう。しかし、ここで風紀と対立してしまうのはまずい。なんとしてでも政岡を止めければ。  どうすればいい。どうすれば政岡は聞き入れるだろうか。思考する。  そしてそうだ、とひらめいた。こいつは確かコーラが好きだと言っていたはずだ。 「……もしちゃんと我慢できたら、あとでご褒美やるから。な?」 「ご……ッ!!」 「とにかく、一度二人にも事情を説明して協力してもらうぞ」  コーラを奢ってやればこいつもきっと喜んでくれるだろう。モノで釣るのはあまりいいとは思えない。 「ごほ、ご褒美、ご褒美……」となにかぶつぶつ呟いていた政岡だったが、一先ず落ち着いたらしい。 「わ、わか……わかった……」  こくこくと政岡は頷く。その顔はさっきより赤くなってるが冷静を取り戻したのならいいとしよう。  面倒なことになる前に、いやもう手遅れだろうが取り敢えず現状これ以上拗れるのを防ぐために俺は風紀の二人に事情を説明する。 「なるほど、そういうことだったのかい」 「つまりなんだ? 生徒会の総意ではないというならこんなイベント非公式同然だ。叩き潰せばいい!!……が、となると問題は当日ということか」  ふむう、と珍しく考え込む野辺と寒椿。そんな二人に政岡は不思議そうに首を傾げた。 「なんでだよ、俺とお前らで協力して潰しゃいいだろうがよ」 「この脳筋男が……脳味噌まで精子詰まってるのか? いくら表向き叩き潰したところで裏で勝手に決行されていたときのことを考えろ!」 「あ……なるほどな。なんだ、童貞眼鏡お前意外と物分り良いんだな」 「誰が童貞眼鏡だぶっ殺すぞ性病チ○ポ野郎が!!!」  ……また始まった。  が、正直俺も政岡と同意見だ。  口に出さなくて良かった。 「けど、一番厄介なのはやっぱり僕達の目につかない場所で行われることだろうね。もし、この投票結果が出たとしても誰が選ばれたのかわからず、おまけにいつ実行されるかもわからない。もしかしたら一週間、一ヶ月後……人が手薄のときに動かれたとして、常に万全の体制でいれるのかというのが僕は不安だな」 「……つまり、なんだ?」 「馬鹿か貴様!! 理解しろ理解を!! ……寒椿、簡潔に述べろ」  お前もちょっとわかってねえじゃねえか。  二人並んでやいのやいのと寒椿に問い詰める。寒椿はというとやれやれと仕方なさそうに肩を竦めて笑う。 「……僕が思うには零児君、君がこのイベントの運営に混ぜてもらうんだよ。そして、僕たちも動きやすくなるように明確なルールを提示する」 「っ、待てよ、それじゃあ……!」 「鴻志も君も、この手のイベントはいくら大元を潰したところでまた枝分かれしてしまうってわかるだろう? おまけに、それが全校生徒相手となると流石に無謀だ」 「貴様寒椿、まさかこのイベントに乗るつもりか?!裏切り者め、前々から何故か俺にだけ当たりが強い気がしていたがこういうことだったか!!」 「それはさておき」 「それはさておき?!」 「零児君、君は生徒会長だ。その立場を利用して内部を撹乱するのは適任だろう。それに、情報収集もしやすいだろうし」  さらりと流されたショックでぷるぷる震え出す野辺が暴れ出さないよう宥めつつ俺は寒椿に目を向ける。 「つ、つーことは……俺は賛成派のフリしろってことか……?」  政岡もまさかそんなことをまさか風紀委員である寒椿から提案されると思ってなかったようだ。目を白黒させながら尋ねる政岡に、寒椿はこくりと頷いて微笑むのだ。 「ああ、そうだね。僕が思うに君がハブられてしまった理由は『君が反対するだろうから』というものだろう。なら、賛成すれば容易だ」 「う……ぐ……」  ……確かに、そんな考え方もあるのか。  寒椿の言うことにも一理ある。あまりにもリスキーだが、確実な方法はそれだ。 「現段階で迂闊に動いたところで体力を摩耗するだけだ。そのために情報収集は必要だ。……頼めるかい?」 「貴様に拒否権はないぞ、政岡零児」 「なんでお前がンなに偉そうなんだよ……ッ!!」 「立場を弁えろそこの脳味噌精巣男、貴様は俺たちの駒の一部だから……ぐぶ!」 「こらこら鴻志駄目だろう? 零児君をそんなに虐めては。……悪かったね、零児君。これは副委員長として僕からのお願いでもある。ここは冷静な判断を頼むよ、君とは無駄な争いはしたくないからね」 「ぅ、ぐ……ッ」  政岡が悩んでいるのが見て取れる。  というよりこいつも分かってるはずだ、けれど首を縦に振ることができないのは相手が因縁のある風紀委員だからという理由だと俺はわかっていた。 「政岡」とそっと肩を掴めば、その体がびくりと跳ねた。そして「尾張」と縋るような目を向けてくるのだ。 「……俺は、お前のことを信じたいと思う」 「やります!!」  即決。しかもなんで敬語だ。 「よし、そうと決まれば僕たちにもちゃんと情報をくれよ。……ふふ、なんだかわくわくするね。鴻志」 「ふん、俺はまどろっこしいものは苦手だからな。こういったネチネチと女々しい工作は寒椿、貴様に任せた」 「バンビーノ、僕たちは生徒会の役員たちの動向を見てくるよ。君の護衛は……ああ今は頼もしい番犬君がいるんだっけね」 「誰が……っ」 「ふふ、冗談だ。……まあ風紀委員は残しておくから好きに使ってくれて構わない」 「それじゃあまた」と微笑んだ寒椿は政岡が噛み付いてくる前にさっさと野辺を連れて俺の部屋を後にした。  ……なんだかどっと疲れた。  二人が出ていき、ソファーに座り込んだとき「尾張」と不安そうな政岡が声をかけてきた。 「……本当に良かったのか? あいつらなんか頼って」 「お前があいつらと仲悪いの知ってるけど、敵の敵は味方って言うだろ?」 「お前がそういうなら……」  おずおずと俺の隣に座り直してくる政岡。その体重にソファーのスプリングが軋む。そして、ちらりと何か言いたげな目でこちらを盗み見てくるのだ。なんだ?と思って俺は思い出した。  ――もしちゃんと我慢できたら、あとでご褒美やるから。な?  ……そうださっき政岡を落ち着かせるために適当なこと言ったんだった。というか、我慢できてなかっただろ。ちょいちょい半分噛み付いてたし。そう思ったが、あまりにも期待するような目でチラチラ見られてみろ。適当なこと言って期待させた俺も悪い。 「……ちょっと待ってろ」  仕方ない、好物のコーラを買ってくるか。そう立ち上がろうとしたとき、「どこに行くんだ?」と政岡に手を掴まれる。びっくりして振り払いそうになるのを堪えた。 「……どこって、買い物だよ。お前のご褒美を用意してきてやるから」 「……」  あ、露骨に嫌そうな顔。  つーか、落胆した顔だ。 「なんだよ、不満か?」 「物、じゃなくていい」 「……あ?」 「……抱き締めてもいいか」 「それで、いいから」それ以外はいらないから、と真っ赤な顔して言葉を振り絞る政岡に俺は言葉を飲んだ。そんなの、寧ろコーラより高く付く。物のがましだ。そう思うのに、やつが馬鹿みたいに真剣な顔してこちらを覗き込んでくるせいで息が詰まりそうになるのだ。
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