ep.6 馬鹿も食わないラブロマンス

10/31
前へ
/170ページ
次へ
 少しだけ仮眠を取り、夜。  空腹で目を覚ます。  サイドボードに置きっぱなしの携帯を手に取り現在時刻を確認すれば丁度いい時間だった。  飯を食いに行くかと軽く寝癖を整え、服を着替えて部屋を出る。  幸い廊下に人気はない。  できることはやった……はずだ。  あとは時間が経つのを待って、それから政岡がやってくれるのを待つしかない。  一階へと向かうため、エレベーターホールへと向かえば意外な姿を見つけた。  遠くから見ても分かるほどのまばゆい銀髪――馬喰だ。 「よお、馬喰」  そう声を掛ければ、向こうもこちらに気付いたらしい。「お……」と何かをいいかけて、そしてすぐに周りをキョロキョロする。 「……お前一人か?」  そう辺りを警戒し、声を潜める馬喰。  どうやら政岡がいないか気にしているようだ。前回の最悪な別れを思い出し、「あー」と思わず言葉に迷う。 「……ああ、あいつならいねえよ。俺一人だけ」 「そうか。……それにしてもお前、面倒なやつに付きまとわれてんな」 「はは、まあ……」  否定はできないが、なんとなく語尾が濁る。 「お前、これから飯か?」 「ああ。お前は?」 「俺は今から向かうところだ。せっかくだし一緒行こうぜ」 「ああ」  あんなことがあったあとだ。もしかしたら変な距離感ができてしまうかもしれない、なんて思っていただけに馬喰の方からこうして誘ってくれたことが嬉しくて、つい食い気味になってしまった自分が恥ずかしくなった。  しかし馬喰は気にしてない様子で、そのままエレベーターを呼び出す。  それから俺たちは他愛ない話をしながら食堂へと向かう。  やはり、人と話しているとだいぶ気が紛れるらしい。それも、馬喰は一般生徒だ。余計なゲームに絡んでないだけに気を使わずに済む。  最近馬喰がハマってるというよくわかんねえ調理器具の話をしながら食堂へと向かった。  ――校舎内、食堂。  丁度人が引いてきたところのようで、ちらほら長居してる生徒たちに混ざって俺達は自分の分の飯を取ってテーブル席に腰を掛ける。  周りの目がこちらを向いてるのが分かった。「おい、あいつって」などと声を潜めて笑い合う連中。  悪目立ちするのは今更だ。けれど、無関係である馬喰まで変な目立ち方してるのは申し訳ない。  ここはさっさと飯を済ませて退席するか。などと思いながら俺は外野をシャットダウンし、食事に集中しようとしたときだった。 「ぐちゃぐちゃうるせえな、なんか言いてえことあるなら直接言いやがれ」  叩き割る勢いでテーブルに手をつき、立ち上がった馬喰が近くのテーブル席の生徒に絡み出した。  まさか馬喰がそんなことをするタイプだと思わなかったので驚いたが、どうやら俺の文句を言ってると思ったらしい。 「馬喰、大丈夫だから」とその肩を掴み、やんわりと椅子へと戻らせる。 「悪ぃな、騒がしくして」と一言だけ掛け、俺も馬喰の待つテーブルへと戻った。席には露骨にむすっとした馬喰がいた。 「なあ、よかったのか?」 「ああ。今に始まったことじゃねえしな。それよりも、お前も悪かったな。庇ってくれたんだろ?」 「庇ってねえよ、俺がムカついただけだ」  馬喰が睨めば、先程絡まれていた生徒たちはそそくさと退席する。そんな馬喰を見て思わず苦笑した。 「お前っていいやつだな」 「ああ? ……なんだよいきなり」 「いんや、独り言だ」  照れているのか、「そんな独り言あるかよ」と馬喰は丁寧に焼き魚の骨を取っていく。  そういうところは器用なんだな、と思いながらも俺も頼んだ牛丼に口を付けることにした。 「なあ、聞いてもいいか」 「ん?」 「あいつとどういう関係なんだよ」 「あいつ?」 「あいつだよ、あいつ。……クソ、名前も出したくねえな。腹立ってきた」  言わずもがな、政岡のことだろう。 「……お前って、もしかしてなにも知らねえのか?」 「あ? なにがだよ」  一瞬考える。こいつはまじで知らなさそうだな、生徒会のゲームのこと。というか、興味なさそうだ。  こいつになら言ってもいいかもしれないとも思ったが、場所が場所だ。あまり下手なことはいえない。それに、正直馬喰にはこのままでいてほしいという気持ちもあった。 「ま、色々あってな」 「……ふーん」 「けどま、なんつーか……あいつのあれはいつもの暴走みたいなものってか、まあ……気にしないでくれ」  合意と思われるのも癪だが、もし俺が嫌がってるのだと思われるとこいつもこいつで馬鹿真っ直ぐなやつだからまた揉めかねない。 「俺は人の趣味につべこべは言いたかねえけど、……あいつはやめとけ」 「因みに理由を聞いてもいいか?」 「言わなくても分かんだろ」 「まあ、なんとなく」 「暴走したら止まんねえし、話も聞かねえ。そのくせ馬鹿みてーな力だけ持ってんだから救いようがねえな」  まあでも、わりといいところもあるぞ。あいつ。なんて喉元まで出かかって言葉を飲んだ。  何故俺は今政岡のフォローをしようとしたのだろうか。この場合は必要はないはずなのに。 「尾張?」 「……そういや、お前も生徒会役員候補だったんだろ? なんで入らなかったんだ?」  咄嗟に話題を変えようとして、後悔した。馬喰の眉間に皺が刻まれたのを見てしまったのだ。  しまった、と思ったがもう遅い。 「誰から聞いたんだ?」 「誰だっけな。風の噂で」  まさか岩片が用意してきた親衛隊候補の名簿で知った、なんて口が裂けても言えるわけがない。笑って誤魔化せば、馬喰は苛ついたように魚の身を毟り、そして口の中に放り込んだ。咀嚼。 「俺は、群れなきゃなんもできねえやつが嫌いなんだよ。……特にあいつ、政岡。中学の頃から気に入らねえやつだった」 「同じ中学だったのか」 「つーかここが地元だからな、殆ど顔見知りみてーなもんだ俺達は」  なるほど、と思った。確かにわざわざこんな辺境にある馬鹿校を望んで進学するやつなんて相当のモノ好きしかいないだろう――あの男を除いて。 「最近は、別のベクトルで気に入らねえけど」  そうポツリと呟く馬喰。 「別のベクトル?」と聞き返せば、馬喰はこちらに目を向ける。そして相変わらず怒ったような顔のまま白米を口にするのだ。 「もういいだろ、この話。せっかくの飯がまずくなるぞ」  馬喰からこれ以上聞き出すことはできなさそうだ。  強引に聞き出す方法もなくはないだろうが、俺とてせっかくの和やかな食事を台無しにしたくはなかった。 「ああ、そうだな」と俺は再び箸を手に取り、丼を掻きこむことにする。美味い。  腹を満たせば少しは頭が働くようになってきたようだ。 「そういえば尾張、お前これからなにかあんのか?」 「ん? 別にねえけど、どうかしたのか?」 「……いや、やっぱなんもねえわ」 「なんだよ、煮え切らないやつだな」  てっきり遊びの誘いかと思ったが、どうやら違うようだ。良くも悪くもハッキリ言うやつだ、馬喰がこのように口籠ることは珍しい。  気にはなったが、無理に聞き出しても何も出てこなさそうだ。俺も敢えて追求せず、残ったグラスの水を飲み干した。  そして食事を終え、空いたトレーと食器を片付け食堂から出ようとした矢先のことだった。  何やら食堂入口の方が騒がしい。  何事かと入口の方を振り返ろうとしたときだった、遠くから見慣れた黒いシルエットが見えた。――それも複数。  ざわつく食堂内。馬喰も俺の視線の先に気付いたらしい。げ、と露骨に顔を顰めた。  きっちりと制服を着込んだ集団、その先頭に並ぶのは神経質眼鏡――風紀委員長・野辺鴻志は食堂内を見渡し、舌打ちをする。 「飯ぐらい静かに食えんのか、ここは動物園か? 猿との触れ合いコーナーか?」 「まああながち間違いではないね」  そう相槌を打つのは副委員長・寒椿深雪だ。  そしてその二人の後方から兵隊かなにかのように列を成すのは風紀委員の皆様一同だ。  心の底から既に食事を終えたあとでよかったと思う。というかこいつら食事取るときもこうなのか。  あらゆる層に喧嘩を売り出す風紀トップの発言に明らかに空気が悪くなる食堂の中だが、大世帯な風紀相手に直接喧嘩を手を出す馬鹿はたった今この食堂にはいないようだ。  とはいえ、二人とは一応協力関係に当たる。  が、今は馬喰も一緒にいるし表向き風紀との関係は伏せてる状態でもあるし、ここは他人のフリして横を通り過ぎて食堂を出ていこう。  そう判断した俺は、なるべく二人に気付かれないように食堂の壁に沿いながら退室しようとした矢先だった。 「尾張元ッ!! 日頃俺に世話になっているくせに挨拶どころか目も合わせないとはどういう躾をされてきた貴様ッ!!」  即見つかった。しかも声がでかい上全部口から出てる。嫌だもうこの眼鏡。 「わ……悪い、気付かなくてな」  飛んでくる野辺を避けながら、なるべく俺は穏便な道を探した。というかお前も察せよと言いたかったが無理だ、この男相手に空気を読むなんて真似できるはずがない。俺が悪かった。 「まあまあ落ち着きなよ鴻志。さてはバンビーナ、君もお夜食かい?」 「ああ、まあ……俺は食べ終わったところだけど」  どうやら馬喰が同伴の相手と気付いていないようだ。馬喰と野辺相性悪そうだしこのままやり過ごすか、と思った矢先だった。 「おや、君は」と寒椿の目が馬喰に向けられた。 「なんだ、白馬君も一緒なのか」 「……は?」  一瞬、寒椿の言う白馬君が誰のことなのかわからなかった。寒椿に見つかった馬喰はというと、微妙そうな顔をしていた。 「……どーも」 「白馬君ってまさか……」 「白馬の鬣みたいな綺麗な銀髪だろう?」 「………………」  なんだろうかこの謎の敗北感は。いや別に羨ましいなんてこれっぽっちもないが、俺はバンビーナで馬喰は白馬君なのはちょっと……どうなんだ。いや、どっこいどっこいだ。  と、そこまで考えて俺はそういえば昼間この二人が会っていたことを思い出す。が、それよりも野辺のことが気になった。思いっきり髪の毛脱色してる馬喰だ、野辺ブチ切れ案件ではないのだろうか。 「なんだ、尾張元。お前の同伴相手は彼か」 「か、彼……?」 「そこの馬喰君だ。なんだ、違うのか?」  日頃、『貴様なんだその髪の色は!舐めてるのか?せめて陰毛と同じ色に染めてこい!!』って染髪した生徒相手にキレ回ってる野辺がどう見ても校則違反を体現したような馬喰に対して“馬喰君”だと?俺は悪い夢でも見ているのだろうか。 「ああ、まあ……そうだけど」 「なら結構! 馬喰君にあまり面倒かけるなよ、これ以上心労たたって白髪が増えたら可哀想だからな」 「白髪……」 「……そういうことになってんだ」  なるほど、全てを察した。んな綺麗に染まった白髪があるかと喉元まで出かかるが相手は野辺だ。落ち着け俺。この男に平等性を求めるな。 「そんで、珍しいな。風紀委員の皆様方は今から食事か?」 「んなわないだろう! こんな猿共の下品な面見て食事など言語道断、俺は飯を食うときは自室で粛々と取ると決めている!」 「僕たちは見回りだよ。数分前、少し穏やかではない通報があってね」 「通報?」 「貴様には関係ないだろう尾張元、ほら食事を終えたなら散った散った!」  あんたが引き止めたんだろうと突っ込みたかったが、まるで犬かなにかのようにしっしと追い払われてしまえば取り付く島もないというやつだ。  元よりさっさと帰るつもりだったしまあいいや、と気分を切り替え、俺は寒椿と野辺に軽く別れだけを告げ馬喰とともに食堂を出た。  二人になってようやく馬喰は「ぷはぁ!」と息を吐く。 「ってお前、息でも止めてたのか?」 「あの二人に捕まったら面倒なんだよ、下手なこと言ったらしつけえし……」 「まあ、それはわかるけどな」  なるほど、だから風紀がいる間はおとなしかったのか。 「賢い判断だな、白馬君」 「やめろそれ……」 「そういえば、お前寒椿と知り合いなのか? この間も休み時間一緒にいただろ」  それは特に意識せず出た言葉だった。馬喰は目を丸くし、そして驚いたように俺を見る。 「……って、なんでお前が知ってんだよ」 「丁度屋上で飯食ってたんだよ、そんとき見かけた」 「もしかして知らんぷりしてた方がよかったか?」と尋ねれば、馬喰は「や、別にいいけどよ」とやはり妙に歯切れの悪い口調で続けるのだ。 「まあ……お前ならいいか」 「ん?」 「ちょっと色々あってな」 「まあ、だろうな。いいよ、言いたくねえなら言わなくても。俺もいちいち言い触らすとかしねえから」 「……」  表情からして親しい仲のような感じではなかったし、あの影で隠れて会う様子からしてなんとなんとなく察知した。  まるで取引現場のような、そんな印象を受けたのだ。 「……悪いな」 「気にすんなよ。この年でその白髪は無理があるだろうけどな」 「そ、それは……面倒になって適当に誤魔化したらあいつらまじで信じやがったから」  そのときの様が目に浮かぶようだった。  そんな他愛ない会話を交わしながら、俺達は学生寮ロビー、エレベーター乗り場まで向かった。 「そういえば、さっきの風紀のやつらなんだったんだろうな」  風紀の話題には触れないほうがいいのかとも思ったが、やはり気になったので俺は馬喰に振ってみることにした。  なにか知ってるかと思ったが、馬喰も知らないようだ。「さあな」と馬喰は一蹴する。 「通報だったか? けど、どちらにせよ穏やかじゃねえな」 「やっぱお前もそう思うか?」 「大袈裟な人数だったしな、あんだけ大世帯で彷徨いてたら学園の方はガラ空きなんじゃねえの」  馬喰の言葉に、俺ははっとする。そして、馬喰もその言葉の裏に気付いたようだ。  もし、なにかことを起こすために偽の通報で風紀委員を遠ざける。そして、その場合学生寮とは離れた校舎でそのなにかが起きる可能性は大きい。 「――なんてな」 「はは、おもしれえな」 「……」 「……」  音を立て、エレベーターが降りてくる。  ただの杞憂だと思いたいが、なんとなく嫌な予感がするのだ。  ……だとしても、俺には関係ない。  そう言い聞かせ、俺は馬喰とともにエレベータへと乗り込む。  沈黙。箱の中は静まり返り、妙な緊張感だけがそこにあった。  エレベーターを降り、俺は馬喰に別れを告げようとしたときだった。 「尾張」と馬喰に呼び止められた。 「どうした?」 「風紀のことだ」  先程、そのことに触れて欲しくなさそうにしていたのにも関わらず自らその話題に突っ込む馬喰に驚いた。 「風紀がどうした」 「お前、最近連中と連るんでるのか?」 「連るむってか、まあ、確かに一緒になることは多いな」 「だったら気をつけろ、あいつらは手段選ばねえから」  まあ、それは身を保って知ってるがな。と思ったが、やけに馬喰が怖い顔をするので茶化さず真面目な顔をすることにした。 「それは風紀委員長のほうか?」  そう聞き返せば、馬喰はほんの一瞬顔を引つらせた。意地悪が過ぎたか?と思ったが、やがて馬喰はふるふると首を振るのだ。 「風紀副委員長――寒椿深雪、あの人はなにか企んでる」
/170ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1586人が本棚に入れています
本棚に追加