ep.6 馬鹿も食わないラブロマンス

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 まあ、薄々そんな気はしていた。元が怪しいを濃縮還元したような男だしな。  とはいえど、馬喰がそんな風に言ってくるのは以外だった。 「それは……どうしてそう思うのか理由は聞かない方がいいのか?」  尋ねれば、馬喰は俺から視線を反らした。そして、悪い、と一言口にする。  正直な話、馬喰がブラフを駆使して駆け引きなどするほど器用な男とは思えない。  善意からか、それでも理由を言えないのはなにか弱味を握られてるからか、とか。色々考えてみるが、正直全部ありそうだな。  取り敢えず「教えてくれてありがとな」と笑って返しておく。  それから俺は馬喰と別れて自室へと戻ることにした。  扉を閉め、念入りに戸締まりを確認する。  寒椿が怪しいことは分かったが、あくまでもそれを言ってるのは馬喰だけだ。けれど、岩片と寒椿は親戚だと言っていたし、注意するに越したことはないだろう。念の為政岡にも伝えておくかと携帯端末を取り出す。  けれど、あいつのことだ。逆にやたら寒椿を警戒したり、最悪本人に直接問い詰めそうなところあるしな……。  一応、俺のところで留めておくか。そもそも風紀委員を敵対ししている政岡のことだ、俺を飛ばして風紀のやつらに直接なにかを言うことはないだろうし。  これは過信になるのだろうか、と思いながらもそのまま持て余した携帯を充電コードに繋げ、ベッドに腰を掛けた。  部屋で大人しくしておくと言うのもなかなかの労働だ。じっとしていることは性に合わない。  ――そういえば、食堂に風紀が来ていたのはなんだったのだろうか。  寒椿のことを聞いたあとだからだろうか。余計気になってきた。  覗いてみようかとも思ったが、わざわざこれ以上の厄介事に首を突っ込む気にはなれなかった。  それに、立場も立場だ。ここは大人しくしておくか。  それから暫く、テレビ見たり動画見たりして時間を潰している間にソファーの上でうたた寝してしまっていたようだ。  いきなり扉をどんどん叩かれ、飛び上がりそうになる。  まるで配慮のないノックにいい予感などするはずもない。  すぐに扉を開けることはせず、扉についたドアスコープを覗く。そしてぎょっとした。  そこに立っていたのは野辺だ。びっしりと制服を着込んだ野辺が鬼のような形相で扉を連打している。  このままではまた扉を壊されかねない。俺は仕方なく扉を開いた。 「おい、なんのよ……」  うだ、と言いかけた矢先、ドン、と竹刀の切っ先が丁度顔の横の壁にぶち当てられる。びんと突き立つ竹刀にぎょっとする暇もなかった。 「貴様! こんな時間までなにしている!」 「な、何って……寝てたに決まってるだろ」 「そんなことしてる場合か! こんな緊急時になにを考えてるんだ!」  初っ端エンジン掛かりまくっている野辺の声は起き抜けの頭にはなかなかしんどいものがある。  しかしその剣幕からなんとなくいつもの理不尽な言いがかりとは違うものを感じた。 「何かあったのか?」と尋ねれば、野辺は「なければこんなところに来るか」と怒鳴り返される。  だよな。 「お、お前がのんべんだらりとしてる間に、あいつは……あいつは……っ」 「ま、待てよ。落ち着け野辺、あいつっていうのは……」  誰のことを言ってるんだ、と野辺の肩を掴み、揺すれば「汚い手で触るな!」と丁寧に叩き落された。くそ、慰めるんじゃなかった。  そう思った矢先、珍しく野辺は眉尻を下げ、その眉間に深く皺を刻んだ。 「……っ、寒椿が……――」 「――え?」  そして、その口から出てきた名前に驚いた。  俺は、血相を変えた野辺に引っ張られるような形で部屋を出る。  そして連れて行かれたその先、学園保健室にて。 「寒椿! 無事か!!」  クソでかい声とともに開かれるカーテン。  そしてその向こうのベッドの上、やつはいた。 「その足音は……鴻志だね。君は声を聞かずとも足音で判別できるから助かるよ、本当に」  ベッドの上に横になっていた寒椿はそう、つけていた黒いアイマスクを外しながら起き上がる。  そして、野辺の後ろにいた俺を見て「ああ、君も一緒だったのかい」と微笑むのだ。  この男、寝起きも顔がいい。 「やあバンビーナ、どうしたんだい? そんな顔をして」 「……ど、どうしたって……大丈夫なのか? 大怪我したって聞いたんだけど……」 「ああ、もしかして“これ”のことかな」  そう“これ”と軽く右足を動かす寒椿。  その足首はガーゼで固定されていて、一目見て捻挫だとわかった。 「おいっ! あまり動くんじゃない! 後に響いたらどうする?! 靭帯に傷でも付いたら……っ!」 「全く、鴻志は大袈裟すぎるな。……まさか、バンビーナも鴻志になにか言われたのかい? 僕が重症を負ったとか」  そのまさかであった。 「……ってことは、」 「ただの全治二日の捻挫だよ。なんなら、別に動こうと思えば動けるんだけれどもそこの委員長様が煩くてね」 「煩いとはなんだ! 貴様は分かっていない、なんだって最初はこういった小さなキッカケ、或いはその擦り傷の積み重ねだったりするものなんだぞ!」 「…………」  大体、把握した。  把握した上で益々何故俺が呼ばれたのか分からない。  けれど、ひとまずまあ。 「……無事なら良かったな」 「ああ、問題ないさ。君は本当に優しい子だね、こうして君が僕のためを思って顔を出してくれただけでも元気百倍だよ」  相変わらず飛び散る薔薇も歯の浮くようなセリフも健在のようだ。  しかし、こんな状況でまだ不服そうな輩が一人いる。 「貴様のせいだ、尾張元!!」 「……………………」  ピクピクッとこめかみが反応しそうになるのを堪える。  落ち着け元、この男と揉めたら今度こそ性転換點せられる可能性もある。  落ち着け、深呼吸だ、元。 「……取り敢えず、理由と……それからなにが起きたのかを聞いてもいいか?」  そう、なるべく穏便に事を済ませるために取り敢えずお互いを理解し合うことを選ぶ。  そこら辺のパイプ椅子を引いてきた野辺は「説明すると長くなるぞ」と言いながらその椅子にふんぞり返り、足を組むのだ。 「お前が寝てる間、お前の部屋の付近を不審人物がいないか徘徊していた寒椿が襲われたんだ」 「……それで?」 「以上だ」  思ったよりも短かった。  いやまて元、まだ慌てるな。もっと俺のせいと言われる所以があるかもしれない。 「……その襲われたっていうのはなんなんだ?」 「丁度、巡回担当の子が来たからその子と交代したんだよ。そしたら……」  その時、不審な陰を見たという。  寒椿と交代した巡回担当の生徒を狙おうとしていた輩を見つけた寒椿はそのまま全員を捕まえ、野辺を呼んだという。  そして連中は大人しくお縄につき、あの拷問部屋――否風紀室送りへとされた。 「……それで、その怪我は?」 「ああ、これは落ち着いたあとちょっと飲み物買おうかなって階段を降りてたときに足を滑らせちゃってね」 「…………………………」 「貴様のせいだ、貴様が日頃から真っ当且つ清く正しく美しい学園生活を送っていたならば寒椿はこんなくだらん怪我はしなかった!!」  ぐりぐりぐりと眉間の皺を野辺に突かれ、俺はもう……いや、落ち着け、深呼吸だ。  深呼吸……。  落ち着け俺の眉間、寄るな、今を耐えるんだ。 「……その捕らえたって連中は?」 「ああ、彼らなら……」 「先程確認したときは未だ気絶しているようだったが――丁度経った今監視させていたやつから連絡がきた。どうやら意識が戻ったようだ」  いきなり落ち着くな。  ……いやこれでいいのだ。何を言ってるんだ俺は。  色々精神負荷がかかって疲れてきてるのだろうか。 「……取り敢えず、そいつらに会わせてもらってもいいか?」 「え? 君が?」  今度は寒椿が驚く番だった。 「危なくない……か、そうだね、鴻志がいるなら――」 「駄目に決まってるだろうが!!」 「……駄目だって、残念だったね」  またこの風紀委員長様々は一筋縄ではいかないようだ。  頭が痛くなるが、今更だ。  段々この男のテンションにも慣れ始めつつある自分の順応性が今はただ悲しい。 「一応聞いておくけど、駄目だって理由は?」 「貴様を付け狙っていた姑息で卑しい連中だ、貴様がわざわざその間抜け面ぶら下げて出ていって何かが怒らないわけがないだろう」  決め付けも甚だしいが、思ったよりもちゃんと俺の身の危険を案じてくれているということだろうか。  もっと無茶苦茶なこと言われると思っていただけに、どう説得させようか少し考え込んだ。 「……じゃあ、これはどうだ? やつらと話すのはアンタでいい。それで、俺は別室から聞いてるからアンタの口からやつらから色々聞き出してもらいたいんだ」  「これを使って」と俺は制服から携帯端末を取り出す。  野辺は片眉を釣り上げ、「どういうことだ」と静かに口を開いた。どうやら、あのお堅い風紀委員長様々も興味を示したらしい。 「通話で俺が聞きたいことを指示をするから、アンタは俺の言う通りの言葉を言うんだよ」 「なんで俺が貴様の指示を聞かなきゃいけないんだ、気に入らんな」  アンタが俺を会わせねえって言うからだろうがとツッコミそうになるのを必死に堪えつつ、「まあまあ」と笑ってお茶を濁す。  そして、ちらりと寒椿に視線を向けた。  俺だけでは手に負えない。助けてくれ、という意の視線を感じたようだ。寒椿は『任せてくれ』という感じでウインクを返してきた。  野辺に勘付かれるから露骨なリアクションはやめていただきたい。 「まあまあ鴻志。今回ばかりは僕もその取り調べに付き合えそうにないからね、僕の代わりと思って彼を使ってくれないか」 「寒椿……」 「彼は人心掌握に長けているからね、君が聞き出したい情報も僕――いや、僕以上の手腕で導き出してくれるはずだよ」 「いや、この場合は舌技になるのかな」なんて涼しい顔して続ける寒椿。  確かに助け舟を求めたのは俺だったが、思った以上にハードルを上げられて内心ぎくりとした。  しかし、ここで『いやそれは言いすぎだ』などと言えば野辺との交渉は終わりだ。  野辺はこちらをじとりと睨む。爪先から天辺まで、汎ゆる角度から人のことを舐め回すように睨んでくる野辺。 「ふうん、貴様がなあ?」 「信用に値しないと判断したら、その先は野辺の好きにしたらいい。……だから、力を貸してほしい」 「貸して下さい」 「目上の者には敬語を使うのは基本中の基本だ、物を頼むとなれば当たり前だろ?」こ、こいつ……人が下手に出ればこれだ。  いや待て、寧ろ今まで許してきたのだから成長なのか?もうわからん。なんなんだこいつ。 「……っ、貸して……下さい……」 「鴻志様」 「……鴻志様」 「やや声が小さいが、まあいいだろう。許してやる」  なにか知らんが許された。  今まで岩片の無茶苦茶にアドリブ力を鍛えられたことは無意味ではなかったようだ。こんなところで実感などしたくはなかったが。 「ありがとうございますが聞こえないな」 「ありがとうございます、野辺委員長!」 「声がデカイぞ!! 病人の前だ慎め!!」 「因みに鴻志の方が煩いよ」  ……ともあれ、訳あって野辺と協力することになったものの正直俺が一人でやった方が遥かにマシだということはわかりきっていたことだ。  が、仕方ない。生物は共存し合うことによって繁栄してきたのだと考えることで己を保ちつつ、俺は一旦改めて野辺と作戦会議をすることにした。 「貴様の部屋を彷徨くなんて不貞な輩だ。どうせ疚しい目的じゃないのか?」 「十中八九そうだろうな。……けど、最初に狙われてた風紀委員の子ってのも気になるな」 「汚らわしい猿のくせに知恵を持ってるからな、己の汚れきった醜悪な欲望を晴らすためには見張りが邪魔だったんだろ」  語彙がねちっこいせいで頭に入ってこねえが、恐らく俺と野辺が考えてることは近いはずだ。……多分。  少し休むという寒椿と別れ、俺と野辺はラウンジへとやってきていた。  一度ちゃんと話し合い、この男の手綱をきちんと手にしたことを確認してからこの男には指導室に突撃してもらう予定だ。  正直なところ、感情と直観と私怨で動いているような人間である野辺を俺が操作できるのか自信はないが、ここで諦めては仕方ない。 「野辺、いいか。暴力は禁止だからな」 「何を言ってるんだ貴様! 肉体言語を知らんのか?!」 「お前の場合はやりすぎなんだよ、取り敢えず今回はできる限り多く情報を引き出してもらいたんだ」  まだ納得いってないと言わんばかりの野辺に、「寒椿のためだろ?」と念押しすれば渋々やつは「むう……」と唸る。全く可愛くないが、安心した。倫理観がとち狂っていても一応は人としての情はあるようだ。 「多分裏に誰かいるんじゃないかって思うんだ」 「なんでそう思う?」  レンズ越しに野辺の目がこちらを向く。  下っ端に様子見に行かせるこのやり口に身に覚えがあるというか、平たく言えば――。 「勘だな」 「素直でよろしい」  野辺は立ち上がる。野辺はイヤホンマイクを耳に嵌め、野辺の端末との通話状態にしたまま俺は「野辺、聞こえるか?」と端末に声をかければ「貴様の甘ったるい耳障りな声がする」と返ってきた。それはもういっそのこと褒めてるということにならないか、と思いつつ俺は「なら良かった」とだけ返しておくことにした。 「指導室にはカメラはあるのか?」 「四台隠している。なんだ、貴様も指導室での映像を見て興奮する性質なのか?!」 「“も”ってなんだよ、……いややっぱいい。言わなくて大丈夫だ。……取り敢えず、その映像をリアルタイムで見れたら状況が把握しやすいんだけどな」 「それなら風紀室に行け。俺専用のモニターだが今回だけは特別に貸してやろう」  今回ばかりは素直に驚いた。どうせ『ワガママ言うな貴様!』と一蹴されると思っていただけに思ってたよりも協力的な野辺に驚くのも束の間、野辺は近くにいた風紀委員を呼び付けた。 「おい、こいつを案内してやれ」  針金でも入ってんのかってくらい背筋をピンと伸ばした風紀委員は、野辺の言葉に「分かりました!」と敬礼する。そしてその風紀委員に鍵を渡しているのを横目で確認する。  なるほど、風紀委員長様は随分と身内のことは信用しているようだ。 「随分と信用してくれるんだな」 「行っておくが貴様のためではないからな、この学園の風紀を乱すものは俺が一人残らず断罪する。それがゴキブリ一匹だとしても、その巣穴ごと潰してやるのが俺のやり方なだけだ」  限度を知らない男ではあるし日本語も通じないことが屡々あるが、このときばかりは頼もしく見えるのだから不思議なものだ。  思わず「立派だな」と返せば、「何様だ貴様」と胸倉を掴み返されたので二度とこいつのことを褒めないと心に決めた。
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