ep.6 馬鹿も食わないラブロマンス

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 というわけで、野辺と別れてやってきたのは風紀室。  風紀委員は、そのまま風紀室の奥にある扉の前まで移動する。そして、先程野辺から渡された鍵を使ってその扉を解錠するのだ。 「どうぞ」と風紀委員はその部屋の奥へと俺を通してくれた。  野辺のプライベートルームと聞いていたのでろくな部屋ではないのだろうと思っていたが、大体は想像通りだった。  指導室の監視カメラの映像をあらゆる角度から映し出す複数のモニターには現在時刻が表示されていた。どうやらリアルタイムの映像のようだ。  指導室には待機していた風紀委員の腕章をつけた生徒が二人、そして椅子に縛られて項垂れている男子生徒が一人いた。  この男が件の犯人で間違いなさそうだ。  そのとき耳に嵌めたままだったイヤホンからは、ノイズが聞こえてきた。同時に風紀室の扉がぶち破られる。野辺だ。  こいつ人の話を本当に聞いてたのか。 『い、委員長……?!』 「おい、野辺! 優しく、優しくだからな」 『……ご苦労、ここから先の“話し合い”は俺が引き受けよう』  野辺の返答にややラグがあったのは、一応俺の言葉を聞いていたらしい。  何事かと目を丸くする風紀委員たちの前を通り、そのまま野辺は雑に引いたパイプ椅子に腰を下ろして犯人らしき男子生徒と向き合う。 「野辺、学年と名前は聞き出せるか?」 『……学年と名前、所属している部活と委員会全て吐け』  そこまでは言ってないが、悪くはない。  男子生徒の顔が映し出される、見たことはない顔だが見るからに柄は悪い。  不貞腐れたように椅子に縛り付けられたその生徒は『テメェに関係ねえだろ糞童貞眼鏡!』と罵声を上げる。俺がやばいと思うよりも早く、恐ろしい反応速度で机を蹴り上げる野辺に「待て!ストップ!落ち着け野辺!」と止めた。 『……、……ッ』 「話聞き終わったら好きなようにすりゃいいから、今は我慢だ……いいか?」  そうなるべく命令口調にならないように宥めれば、肩で息をした野辺はひっくり返ったままのテーブルを更に蹴り飛ばし、部屋の隅へと追いやった。あれ絶対壊れたぞ。 『どうやら、耳障り虫がいるみたいだな?』  目を見開き、低く唸る野辺はどこからどう見てもブチ切れている。 「ひっ」と怯えの色を見せる男子生徒同様、俺もいつの日かの嫌な思い出が掘り返されるが今は味方だ。  よく我慢した、野辺。褒めてやりたいが、ここで下手なことを言ったらまた地雷を突きかねない。  それよりも、俺には気になることがあった。 「なあ野辺、そいつにもう一回名前とか聞いてみてくれないか? ……優しくな」 『……もう一度聞く、学年と名前、所属してる部活と委員会を吐け』 『わ、わかった、言う! 言えばいいんだろ?!』 『速やかに要件だけを言え、私語は許してない!!』  やっぱり俺が直接行ったほうが絶対早かっただろ、と思いながらも今度はちゃんと名乗る生徒を見て『なるほど』と思った。  名前も聞いたことない、無所属、学年は……二年。  先程よりも素直に話してくれるそいつはあまり気が強くはないようだ。  ――誰かに使いっパシリにされたんだろう。  候補はいくつもあるが、ここから更に野辺には絞り込んでもらう必要がある。 「野辺、俺との関係を聞いてくれないか?」 『貴様に言われずとも分かってる!!』 『ひっ、お、お前から聞いてきたんだろ!』 「…………」  前途多難どころか難しかないが、まあ今のところ上手くいってるからいいか。  もうそう思うことでしか俺はこの胃痛を収めることはできなかった。  ◆ ◆ ◆  一時間後。  色々あったが、なんとか知りたい情報を得ることができた。その生徒が命令されたという相手のことは俺は知らなかったが、野辺が知っていた。どうやら能義の一味の人間らしい。というかまたあいつが関わってるのか。 「能義有人め……ッ!! あの生徒会ではまだましな方だと信じていたのに……ッ!!」  校舎内・プレイルーム及び監視室。  指導室室から戻ってくるなり言いながらその辺の機材を蹴り飛ばそうとする野辺を慌てて止める風紀委員。ご苦労さまなことだ。というかお前に信じる心があったのか、そもそもどう見ても能義は相当厄介の部類じゃないか? とかいうツッコミはさておきだ。 「概ね想像通りだけどな」 「やはり生徒会にはろくなやつがいない、唾棄すべき存在でしかない……っ!!」 「……おい野辺、落ち着けって」 「ほら、水飲め水。美味しいぞ」とボトルごと渡せば、んくんくと飲み出す野辺。こいつ飲み物食べ物口にするときだけ静かになるな、この手は有用かもしれない。 「取り敢えず、能義のやつとっ捕まえた方が早そうだな。どうせまた裏でなにか仕掛けてくるだろうし」 「既に能義有人の捜査網敷かせてる。我々風紀委員の人海戦術を舐めてもらっては困る、あいつが見つかるのも時間の問題だ」 「おお、そりゃ頼もしいな」  確かに周りに気を遣いながらの単独行動に比べ、自由に動かせる組織があるのとないのとでは幅が大分変わってくる。  能義が見つかるのはいいが、正直『本当にこの判断は合っているのだろうか』という気持ちが強い。なんというか、あれほどまでに小賢しい……いや、こうしつこくて粘着質な男にしてはやけにシンプルというか、とうとう力技できたかと思えばそれまでなのだけれど、なんとなく引っかからないでもない。 「……貴様、何を考えている?」 「いや、これから夕飯なに食おうかなってさ。……なあ野辺」 「なんだ」 「もし能義が見つかってもすぐに捕まえず暫く泳がせておかないか」 「何故そんなことする必要がある? 意味がわからん、理解できん」  そこまで言わなくてもいいだろ。 「まあ根拠なんてない、これはただの勘みてーなもんだけど……まだ裏になんかありそうなんだよな」 「……」 「なあ、頼むよ野辺」  そう続ければ、野辺は深く、肺の底から絞り出したようなクソでかいため息を吐く。そして腕を組んだ。 「……貴様、見かけに依らずいい性格をしているようだな」 「それって褒めてんのか?」 「貶している」  本当にこいつとは仲良くなれそうにはない。  しかしまあ、野辺からは件の生徒のことを聞けたのは大きいだろう。  後でこちらからも周辺を探ってみるか。  別に俺が直接何かをされたわけではないが、不安要素は先に潰しておいた方がいいだろう。 「おい尾張」 「ん? なんだ?」 「どこへ行くつもりだ」 「便所だよ、便所」  そう答えれば、野辺は露骨に嫌そうな顔をして「さっさと行け」としっしと雑に追い払ってくるのだ。  お前の方がよっぽどえぐい下ネタ言ってるくせに、俺の可愛いジョークにそんな反応なくないか。まあどうでもいいが。 「んじゃ、失礼します」とだけ口にし、俺はそのまま監視室を後にした。  ――校舎内、指導室前。  便所に行く代わりに指導室前に待機した俺はその部屋の出入りを確かめていた。  なるべく野辺の監視カメラの死角になるようにだ。野辺が見張っているカメラの位置は大体把握してる。殆どが指導室に集中しているお陰で、  指導室前通路などはがら空きというガバガバっぷりだ。  中継されていたあのカメラの様子からして件の生徒はそろそろ出てくるころだろう。  そして、俺の予想は的中した。  用済みということで指導室から引っ張り出されてきた男子生徒はそのまま身ぐるみ剥がされた状態で通路へと放り出されていた。  何故脱がされてるのかわからないがあの男が率いる風紀委員のことだ、悪趣味を理解したいとも思わない。  下着一枚の哀れな格好のまま逃げ出す男子生徒、その後ろ姿をつけることにした。  不本意ながら、誰かの跡を着けることには慣れていた。  物陰に身を隠しながら件の生徒の後を着けていく。  そいつはそのまま大人しく自室へ戻るようだ。  それから暫く、やつの部屋の前を待っていると服ち着替えた男が再び部屋から現れた。  思ったより早かったな、と腕時計を確認しつつ俺は再びその後を追い掛ける。  服に着替えた男が向かった先は保健室だった。  あそこにはまだ寒椿がいるはずだ。まさか報復でもするつもりか、と保健室の扉を開けようとする男に思わず壁から身を乗り出したときだった。  保健室の扉ががらりと開いた。そして男と対面するように現れた人物を見て、思わず壁の影に隠れた。  ――岩片凪沙は、現れた男に驚くわけでも表情を変えるわけでもなく「ああ、遅かったな」と笑った。  こちらまで声が聞こえたわけではない、その唇がそう動いたのを見ただけだ。  なんであいつが保健室にいるんだ、と息を潜める俺に構わず、岩片は件の男子生徒の肩を叩きそのままなにかを耳打ちする。その内容までははっきりとわからなかったが、それでもそのまま何も言わずに保健室の前から立ち去る二人を見て背筋に冷たいものが走った。  ――まだ、岩片のやつが寒椿の見舞いにきてるのは分かる。そもそも何故寒椿が保健室にいることを知ってるのかとか、引っかかることもあった。  けれど、今のは。 「……――」  やっぱり、あいつの差し金か。  だとしても、なんのために。  後を追い掛けようとも思った、けれど、足が進まなかった。  情けない話をしよう、俺はあいつの顔を見たくなかった。  だから、あいつが立ち去ったのを確認して保健室へと足を踏み入れた。  保健室には未来屋がいた。なにやら書類をまとめていた未来屋は俺の顔を見るなり「おや、今日は客人が多いですね」と笑うのだ。 「どこかまた怪我をしたんですか?」 「いや……寒椿は?」 「ああ、寒椿君なら相変わらず安静にしてもらってますよ」  その言葉を聞いて、俺はさっきまで寒椿がいたベッドの方へと向かった。  仕切られたカーテンを開けば、「やあ」と寒椿の声が掛けられる。 「来ると思ってたよ、バンビーナ」 「……寒椿」 「なんてね、君の僕を呼ぶ声が聞こえてきたからだけど」 「あの子とは会ったのかな?」と、ベッドの上。横になっていた寒椿はゆっくりと上半身を起こした。  “あの子”というのが誰のことを指しているのかすぐに分かった。 「会ってはない、見かけたけどな」 「そうか。君たちは未だ仲違い中だったね」 「……何しに来たんだ、あいつ」 「動けない僕を笑いに来たんだってね、彼らしいと思わないかい?」  らしいっちゃらしいが、今の俺にはあまり頭に入ってこなかった。  なんだろうか、この違和感は。寒椿に対するものではない、もっと漠然としたものだ。 「それだけだったのか?」 「それだけっていうのは?」 「他に、何か話でもされたんじゃないのか」 「君の話はしたよ」 「……俺の?」 「ああ、元気にしてるのかとか、そんな他愛ないものさ」 「…………」  嘘だ――そう直感する。  あいつがそんなこと言うわけない。それは思い込みに違いが、それでも違和感はしっかりと肥大していくのだ。  本当は、岩片が例の生徒と話していたことを寒椿本人に伝えようと思った。けれど、やめた。 「そうか。……で、お前はなんて答えたんだ?」 「元気はないみたいだ、って伝えておいたよ」 「まあ、間違いではないな」 「それより、僕に何か話があったんじゃないか?」  寒椿は微笑みかけてくる。  ――こうして対面していると寒椿と岩片に同じ血が流れていると言われると納得できるかもしれない。  食えないところは血筋か。 「いや、もう用は済んだ」 「そうなのかい?」 「アンタの元気そうな顔を見たかっただけだよ」 「嬉しいことを言ってくれるね、君は。けれど、僕も退屈してたんだ。もっとゆっくりとバンビーナと話していたかったが……」 「悪いな、また改めて会いに来るよ」 「……そうかい」  しゅんとする寒椿に「悪いな」とだけ声を掛け、俺はカーテンで仕切られたそのスペースを出た。  そしてそのまま何も言わずに保健室を後にする。  これはあくまで嫌な想像だ、寒椿と岩片は繋がっている。そりゃあ血縁者なのだと言えばそれまでだが、恐らくそれだけではない。  疑心暗鬼になるのはよくないと自覚はしているが、相手はあの岩片だ。あいつならばそれくらいはする。寧ろ常套句と言っても過言ではない。  ……だとすれば、能義の裏を取れば確定だ。  でも目的はなんだ。寒椿と岩片とさっきの男が繋がっているとして、あいつがなんの得をする?  あいつの考えてることなんて理解できるわけがない、それでもぐるぐると考えながら俺は歩いていた。  そして、立ち止まる。  ――もう一度、風紀室へ戻るか。  恐らくあの風紀委員長様だけは何も知らない。それだけは確信できた。
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