ep.6 馬鹿も食わないラブロマンス

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 ――数分後。 「……寒椿が内通者だと?」 「ああ、さっきお前が逃したあの男子生徒――あいつの後を着けたんだ。……そうしたら、保健室に行っていたんだ」 「待て、それじゃあ寒椿が危険だろう! なにのこのこと戻ってきてるんだ馬鹿め!!」  しまった、話す順序を間違ってしまったようだ。早速炊き付けられ、食ってかかってくる勢いで怒鳴り散らしてくる野辺を抑え込む。 「わ……いいから最後まで聞けって!」 「もったいぶるな早く結論からいえ! 俺を焦らして焦らして気持ちよくするつもりか貴様?!」 「あーわかったはいはい俺が悪かったですよ! まとめりゃいいんだろまとめりゃ!」  人がせっかくいい感じで話してたというのに、この男のせっかち具合はなんなのだ。ムードもへったくれもクソもない。  なんだか酷く疲れながらも再び着席した俺は二人に向き合った。 「結論から言えば、保健室には入ってない。保健室から出てきた岩片とそいつは合流してどっか行っていた」  そう口にしたとき、隣から「あンのクソまりも」という恨めしそうな政岡の声が耳に入ったが今回ばかりは否定のしようがない。それにクソまりもであることも間違いない。  しかし、先程までぎゃーぎゃー騒いでいた野辺はというと意外にも落ち着いていた。 「で? それがなんで寒椿が裏切り者だという結論に繋がるんだ」 「保健室で寒椿は岩片と会っていた」 「元々あいつらは仲が良かっただろ、なにが悪い? 僻んでるのか貴様、可愛いやつだな」 「……」  落ち着け元、これくらいのことで怒るな。これくらいでキレていたらこの学園でやっていけないぞ、落ち着け。  ここは冷静に、とブチブチと切れそうになる血管を必死に耐えさせながらも深呼吸をし、自分を落ち着かせる。冷静にだ。俺まで感情に流されてはこの場の収拾がつかなくなってしまう。 「……問題は、岩片と例の生徒が繋がってるってことだよ。もし敢えて寒椿のところにその生徒を飛ばし、それを寒椿が追いかけて自作自演で怪我をする」 「そうしたら、被害者である寒椿は俺たちの目を欺ける。今のお前みたいに内通者であると疑われる心配もなくなるわけだ。そして濡れ衣は能義に被せりゃいい、あいつはなにしてももう驚かれないからな」 「で? 証拠はあるのか?」と野辺は眼鏡のブリッジを持ち上げ、鋭い視線をこちらへと投げ掛けてくるのだ。  少しだけ驚いた。普段から凡そ口に出し難いことばかり言ってくるやつのくせに珍しくまともなことを行ってくるもんだから、余計。  内心狼狽えそうになりながらも俺は「ないな」と呟いた。言わんこっちゃない、と野辺は鼻で笑う。 「なら推測の域を出ないはずだ。それに、寒椿が俺を裏切るメリットもない。逆に考えれば、岩片凪沙が寒椿のことを裏切ってるだけの可能性もある。寒椿を裏切っておきながら、何も知らないフリをして岩片凪沙は見舞いにきた。そっちの方がまだ合点が行く」 「それは……そんなはずはない」  考えなかった、わけではない。けれどその可能性は俺の中では無いに近い。 「なんでだ」と静かに尋ねられ、俺は少しだけこの言葉を口にするか迷ったが別にあいつらの様子からして隠してるわけでもなさそうだ。 「寒椿と岩片は血が繋がってる」と続けた瞬間、先程まで饒舌だった野辺も、目をぐるぐると回していた政岡も動きを止めた。そして。 「は」 「え」  ……って、まさか野辺も知らなかったのか。  てっきり知ってるとばかり思っていただけにこっちが戸惑わずには居られない。 「ま、待て、待て……」 「いや、全然似てねえだろ! 流石に尾張の言葉でもそりゃ無理があるっつーか……いやでも癪に障るところはそっくりだな」  戸惑いながらも納得する政岡。そしてその隣、野辺は目を見開いたまま固まっていた。  こいつのこんな顔初めて見たぞ。 「おい、野辺……」 「お、俺は信じないぞ……だって、あいつは、岩片は日本人だろ? 寒椿はペロッチョロフ国で生まれて育ったって言ってたぞ!」  どこだよそれ。 「野辺……残念だけどおちょくられてんだよそれ」 「し、信じられるか! 貴様のような痴れ者の言うことなんか……ッ!」  髪を掻き毟り半狂乱に叫ぶ野辺は「それに」と口を開く。 「それに、だとしてもだ。 血が繋がってるからなんだ――俺ならば親も兄弟も親戚も、俺に逆らうようなら関係ない」 「――……」  野辺の言葉は思いの外重く俺の胸に突き刺さる。  それを言われたらなにも言えなくなる。  けれど、岩片はそんなやつではない。確かに薄情ではあるが、理由もなくこんな姑息で卑怯な真似をするくらいならもっと別の方法を選ぶはずだ。  そこまで考えたとき、押し黙る俺に野辺は冷ややかに笑った。 「……ふん、貴様はどうしても岩片凪沙を悪者だと切り捨てきれていないようだな。甘いな」 「それは……」 「俺を信じらせたいのであれば証拠を持ってこい、ちゃんと形があるものでな」  そう言い残し、興味が失せたとでもいうかのように野辺は竹刀を片手に風紀室を出ていくのだ。  自分では間違いない、そう思っていたその思考そのものをよりによって野辺に論破された事実、そしてそれに返す言葉がでかなかった自分自身にただ気分が沈んでいく。
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