ep.6 馬鹿も食わないラブロマンス

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 野辺のやつが出ていったあとの風紀室はやけに静かに感じた。それはあいつは自身が騒々しいということもあったが、恐らく理由はそれだけではないだろう。  風紀室に残された俺は、暫くソファーから立ち上がることができなかった。  そんな俺を見、政岡は「尾張……」となにか言いたげに名前を呼んでくる。目を向ければ視線がぶつかった。不安そう、というよりもなんだか心配そうな顔だった。情けない顔。……なんでそんな目で俺を見るのだ。 「は……野辺、思ったよりも理論的なんだな。もう少しで上手く丸め込めそうだったのに、残念だ」  心配されるのも、慰めの言葉をかけられるのも癪だったので俺は政岡が言葉を発する前に先手を打つことにした。  けれど、政岡の表情は変わらない。相変わらず落ち込んでる飼い主を慰めるようなそんな目でこっちを見てくるのだ。 「なあ、尾張。さっき言ってたこと本当なんだろ? ……寒椿の野郎がお前の中ではクロなのか?」  俺が笑ってるのだ、一緒になって笑ってくれさえすればまた違う気分になれたのかもしれない。  そんなことを思いながら、俺は「ああ」と口にした。 「けど、わかんねえ」 「……」 「間違いねえと思ってたけど、野辺にまであんな風に諭されちゃ立つ瀬もない。それに、あいつの言ってることは正論だし」 「だから、お前も俺の戯言は無視していいぞ」と返そうとしたときだった、膝の上に置いていた手をいきなり政岡に握り締められ、ぎょっとする。  顔をあげれば馬鹿みてえに真面目な顔をした政岡がこちらを見ていて、 「関係ねえよ、あんな眼鏡」 「……政岡?」 「俺は、お前の直感を信じる。非科学的だろうが私怨だろうが勘違いだろうが思い込みでも関係ねえ、俺はお前の味方だ。尾張」  思わず呆気に取られた。  んな無茶苦茶なことを馬鹿真面目に口にするのだ、「は」と喉の奥から笑いが込み上げ、頬の筋肉が強張った。 「……政岡、俺が言うのはなんだけど、相手は選んだ方がいいぞ」 「選んでる、選んで俺はお前についたんだよ」  尾張、と指の骨が軋みそうなくらいの力でぎゅうっと握り締められ「痛えよ」と思わず笑ってしまった。どうやら痛がらせるのは不本意だったようで、政岡は「あ、わりい!」と慌てて手を退ける。 「だ、大丈夫か? ほ、骨……保健室……っ!」 「あー、大丈夫。問題ねえ。つか流石にそこまで軟じゃねえって」  今度はわたわたと慌て出す政岡に思わず笑ってしまった。手は離れたものの、握りしめられた手には政岡の乾いた掌の感触、熱が残っている。  こんな風にこいつに励まされたの、“あのとき”と同じだな。 「尾張……?」 「岩片がそんなことをするやつじゃないって話、お前だったら反論するのかと思ったけどな」 「あ? あー……それは、まあ」 「それなのに、俺の言うことを肯定するんだな」  そう少し意地の悪い質問をすれば、「ちげえよ」と政岡の眉根は寄せられる。 「言っとくけど俺はあいつのことは善人だと思ってねえし、寧ろ許せねえけど……」 「うん」 「……尾張のことは信じたいと思う。それに、あいつだってやけに寒椿のやつを信じ込んでるみてーだしな。それを言うならあのクソ童貞眼鏡だってそうだろ?」  ふん、と鼻を鳴らし、ソファーの背もたれに仰け反る政岡はそのまま腕を組む。  あくまでも、今回の場合政岡は中立的な立場である。俺自身には忖度してくれているようだが、それは=岩片を全肯定するというわけではない。  そんな存在は正直、必要だったのかもしれない。  そこまで考えたときだ、「なあ尾張」と政岡は声をあげる。 「なんだ?」 「お前の言うことが正しいってのはつまり、寒椿のやつがなにか企んでるかどうか調べりゃいいってことだよな」 「……まあ、そうなるな」  なにかきっと裏があるのは間違いないのだろうが、寒椿と岩片が手を組んだとしてなにを企んでるかまでは今現状わからない。が、このまま泳がせておくにはあまりにもその不確定要素の存在が厄介だった。 「じゃあ、寒椿の野郎に直接聞けばいいんじゃねえか」 「だから、それはもう俺がやったって」 「あいつはなんて言ったんだ?」 「……岩片は、ただ見舞いにきてくれただけだって」 「それだけか?」  尋ねられ、「ああ」と頷き返したときだった。 「よし!」とクソうるせえ声とともに政岡は勢いよくテーブルを叩き、そして立ち上がる。 「うおっ、なんだよ急にでけー声を出して」 「尾張、もう一度寒椿のとこに行くぞ」 「え?」 「今度は俺がやる」 「話し合いは任せろ」と政岡は拳を作り、歯を剥き出しにして笑っていた。  もしかしてその話し合いというのは肉体言語のことを言っているのではないのか。あまりにも悪役のような面をする政岡につい呆気に取られたが、確かにこのままでは埒が明かない。  よくも悪くも、こいつの行動力に何度か助けられた経験がある。そんなやつに一種の安心感のようなものを覚え始めていた自分に慄いた。
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