ep.6 馬鹿も食わないラブロマンス

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「……っ、おやおや、随分と積極的ではございませんか」 「お前には大層借りがあるからな、別にここで全部返してもらってもいいんだぞ」 「貴方は人の興奮を煽るのがお上手ですね。……私にその気があれば即射精ものでしたよ」 「ですが、残念ながら私に被虐趣味はございませんので」もう少し言い方はないのか、とツッコミそうになったとき。華奢な指に逆に指を絡め取られそうになる。  ねっとりと絡む指に腕を引かれ、能義はそっと耳元に唇を寄せるのだ。 「しかし、私も鬼ではありません。――貴方の愛らしさに免じて一つだけ教えて差し上げましょうか」  お前が鬼ではないのならなんなのだ、と顔を上げたとき。思いの外近い位置にあった能義と至近距離で視線がぶつかった。 「恐らく、私の怪我は貴方が想像するようなものとは違いますよ」  この男、とつい顔面の筋肉が反応しそうになった。  能義がただの見た目通りの華奢で軟弱そうな変態ではないということは俺が知ってる。綺麗なのは外見だけだ。  そんなゴリラのような能義に勝てる相手なんて限られている。そしてそれは政岡でもないとしたら、と俺は踏んでいた。  そのことを能義に読まれていたという事実は癪だった。 「で、その根拠は?」 「貴方が私のことを信じてくださるその心、でしょうか」 「……」 「バンビーナ、暴力はいけないよ!」 「落ち着け寒椿、俺は至って冷静だ」 「冷静な人はベッドフレームの形を歪ませないと思うんだけどな」  危うくまた器物損壊で説教食らう羽目になるところだった。  能義の言葉を真面目に聞くなと散々知っていたはずだ。俺は自分を叱咤しつつ、そのまま能義の手を振り払う。  そのままベッドから降りようとすれば、「おや、もういいのですか?」と能義は薄ら笑いを浮かべるのだ。 「お前は最初から俺と話す気なんてなさそうだからな」 「私のことを信じて下さらないのですね」 「それはお互い様だろ」  そのままカーテンを開けば、一生懸命聞き耳を立てていた出待ちの政岡と目があった。  びくりと背筋を伸ばす政岡を見つめたまま、俺は「寒椿」と背後の男に声をかけた。 「なんだ、今度は僕の番かい」  これ以上能義に付き合っても無駄だ。かと言って今更報復する気にもなれない。  俺は寒椿の言葉に頷き返した。  それから、寒椿と政岡とともに能義を放置して場所を移すことにした。  ――保健室奥にあるカウンセリングルーム。 「静かに話し合いたいというのならカウンセリングルームを使うとよろしいですよ」という未来屋の許可をいただき、俺は寒椿と向かい合うように席についていた。  そして、そんな俺の背後で仁王立ちして腕を組み無駄に威圧的なオーラを醸し出しているのは政岡だ。  最初、なぜ教職員が進んで明らか揉めている生徒にカウンセリングルームを提供するのか不思議だったが、能義が聞き耳を立てる状況よりもかはましだ。それにしても、奇妙な図ではあるが。 「それにしても、ここにはこんな施設もあったんだね」 「あんた三年だろ、カウンセリングルームの存在も知らなかったのか」 「ああそうともさ、僕はお世話になることはなかったし、それに“話し合い”したいのならば僕たちには風紀室や指導室があったから」 「そりゃ確かに使いやすそうだな」  寒椿の言葉に余計な記憶まで思い出しそうになり、再び記憶の奥底へと落とし蓋をしておく。 「それで、話っていうのは? そこにいる狂犬君が先程から何かを言いたそうにしてるけど」  そう、俺の背後の政岡に目を向けた寒椿。  振り返らずとも政岡がどんな顔をしているか想像することは容易だ。青筋立てて今にも噛みつきそうな顔をしてるに違いない。 「まあ、後ろの事は気にしないでくれ」とだけ寒椿に返しておく。 「単刀直入に聞くぞ、寒椿」 「ああ、どうぞ」 「――お前、野辺のことを裏切ってないか?」  その言葉を口にした瞬間、確かにカウンセリングルームの室温が一度二度ほど下がったような気がしたのは気のせいではないだろう。
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