ep.6 馬鹿も食わないラブロマンス

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「裏切ってる……なんて、また随分とな言い草じゃないか。バンビーナ」 「いいから『はい』か『いいえ』で答えるんだよ! それ以外ごちゃごちゃ言うんじゃねえ!」  バン、とテーブルに拳を叩きつける政岡。めき、とテーブルの足がやや傾いていたのは見なかったことにしよう。  キャンキャンと吠える政岡に「バンビーナ」と助けを求めるようにこちらを見てくる寒椿。 「悪いな寒椿、今回ばかりは俺もこいつと同じ意見だ」 「バンビーナ……」 「……寒椿、お前のその怪我も自作自演じゃないのか?」  俺も政岡も笑っていないことからこれがただのジョークでもなんでもないと分かったらしい。寒椿は口元を引き締める。普段ヘラヘラしている顔ばかり見ていたからか、なんとなくやつの雰囲気が変わったような気がした。 「一応聞いておくよ。その根拠というのはあるのかい?」 「さっき、お前のことを襲ったって襲撃犯が保健室に入っていくのを見た」 「ああ、そういうことか」 「そういうことかって、認める気なのか?」 「見られていたというのならね。それに、もし自作自演を認めたところでなんだって話なんだよね。それは僕が鴻志を裏切ることへのイコールにはならない」  流石岩片の親戚だというだけある。口だけはよく回るようだ。 「なに開き直ってんだテメー、嘘吐いたら一緒だろうがよ!」 「全く狂犬君は……これだから生徒会は、なんて言われるんだよ」 「ああ?!」 「確かに僕は襲われたフリをしたとしよう。それで怪我を負ってしまったからなんだ? 僕はただここ最近皆が構ってくれなかったから心配されたくてこんなことしました、ってだけの可愛い話じゃないか?」 「可愛くはねえだろ!」  まあ、可愛くはないな。  が、確かに寒椿の意図が読めない。  しかし認めさせられたという事実は大きいことには違いない。 「それだけの単純な話ならよかったけどな」 「どういう意味だい」 「構ってもらうのが目的じゃなくて、なにかから目を逸らさせるために俺たちの気を引かせようとしたとかな」  ふむ、と寒椿は顎をなぞる。こちらを見上げるその睫毛に縁取られた目はすっと細められた。 「つまり君は、他の風紀の気を反らすためにわざわざ身を呈して騒動を起こした。その裏で別の事件が起きたと」 「例えば能義の怪我とかな」 「想像力逞しいのはいいことだ。ああ、そうだ。豊かな想像力は人生を彩るからね。……しかし、憶測で判断するのは危険だ。過度の妄想は目を曇らせてしまう」 「だーっ! うるせえ! 台詞がいちいちなげーんだよ、十五文字以内にまとめろ!」 「思い込みで人を疑うな」 「……って、言いたいんだよ。僕は」いつもと変わらない王子様スマイルを浮かべる寒椿に息を飲む。  野辺とはまた違う迫力がある笑顔だと思った。  この手の男相手に腹の探り合いは無意味だ。逆にこちらが食わせられる。そう俺はよく知っている。 「……アンタは、誰の味方だ」  軽く聞くつもりだったのに、思いの外上手く笑うことはできなかった。  寒椿は俺を見上げたまま、にこりと微笑むのだ。 「僕は僕の心の征くまま、僕がそのとき信じるべきものを信じるだけだ」 「無論、君もその内の一つだよ」恐るべきことに嘘を吐いているようには聞こえないのがこの男の恐ろしいところだと思う。  その答えが寒椿の全てだった。組織に属していながらも自由奔放に振る舞う寒椿らしいとは思うが、俺にとっては求めていた返答ではない。  寒椿を残したまま俺はカウンセリングルームをあとにした。  ――学園内・廊下。 「なあ、尾張……良かったのか、あのまま放っておいて」 「なにがだ?」 「だってあいつ、ぜってーまだなにか隠してたぞ。お前さえよけりゃ別に俺が代わりにぶん殴ってでも……」 「いいんだよ、あいつはもう」 「……尾張」  少なくとも、寒椿が宛にならないことには間違いない。それに、あの口振りからして必要があれば岩片に寝返るつもりでもあるのだろう。  政岡の言う通り、ぶん縛るという手もあった。  けれど、それをしたところで起きる風紀委員との不和が今の俺にとっては面倒極まりない。  今回分かったことは風紀委員が宛にならないということだ。けれど、この状況で寒椿を裏切り者扱いして吊し上げて風紀の数少ない長所である結束力を失わせるのも惜しい。  それに、癪ではあるが寒椿は風紀委員のバランサーでもある。あの男がいなくなれば野辺を止めれる人間はいない。それならば、少なくとも俺だけでも寒椿が信用すべき人間ではないということを知っておけばいい。  確証ができた今、そう気持ちを切り換えることにした。 「尾張……」 「政岡も、付き合わせて悪かったな。……能義にも会うハメになったし、また後から疑われるかもな」 「別に、俺のことはどうでもいいんだよ。……それより、尾張、お前はこれから……」 「……どうすっかな」  案外あっさりと認められてしまった以上、こちらからはなにもいうこともない。  気になることはあるっちゃあるが……。 「……少し、一人で考えさせてくれ」 「尾張……」 「お前も気をつけろよ、政岡。……風紀は宛になんねーから」  ぽん、と政岡の胸を叩き、そのまま小さく手を振る。「尾張」とまだなにか言いたそうな政岡から逃げるように、そのまま俺は階段を登っていった。
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